万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。
万年筆画家としても活動されている古山浩一さんににお話をうかがいました。


職業:アーティスト 保有万年筆:700本


欧州の世界遺産を万年筆でキャンバスに描いてきた

万年筆で風景画などのファインアートを描いてきました。万年筆で描く題材はボロボロで表情が豊かなもののほうが向いています。

コロナ前はイタリアの世界遺産へ出かけていました。12〜13か所回ったでしょうか。旧いものに魅力を感じるし、感動します。

2時間で描きあげられそうな風景を選び、スケッチブックに向かいます。大きい絵はカメラで撮ってきた写真を見ながら万年筆でキャンバスに描くため完成までにひと月かかります。


ブラックインクだけで描いたピティリアーノ


この絵はイタリアの世界遺産、中世の山岳都市が現存するトスカーナ州のピティリアーノを描いたものです。キャンバスはアクリルなのでインクがのりません。キャンバスに書道用半紙を貼った上から万年筆で描いていきます。この絵は万年筆のブラックインクだけで仕上げました。



スペインの真っ青な空が印象的なモンテフリオ


これは世界遺産ではありませんが、スペインはアンダルシアの白い村々のひとつモンテフリオを描いたものです。

木製パネルに特殊な下地材を何度も塗り、さらに磨き上げました。その上に万年筆で絵を描き、色鉛筆で彩色。スペインの透き通るような空はアクリル絵の具で表現しました。下地を工夫すれば、万年筆でもいろいろな表現ができます。




瓶のカーボンインクを出してほしいとメーカーに懇願

万年筆を初めて使ったのは中学1年のとき。我々の世代は中学の入学祝いに万年筆を両親や親戚にプレゼントされました。でも、私のは雑誌のオマケ。当時学年誌を年間購読すると万年筆をもらえました。ところが、付録の万年筆は書きにくく、ほとんど使えませんでした。

高校1年のとき『パイロット』の「カスタム」を購入。とても書きやすく、授業のノートを「カスタム」で書いていました。万年筆で書くことが面白かったし、インクの線が好きでした。

岩手大学美術特選学部に進みましたが、学生時代、万年筆を使った記憶はありません。油絵ばかり描いていました。再び万年筆を握ったのは筑波大学大学院へ進み、論文を書くためでした。

中高一貫校の私立校に就職。美術の教師になり、10本ほど万年筆を愛用していました。通信簿を書いたり、ラフスケッチを描いていましたが、絵画には使っていません。なぜなら染料インクだったから。染料インクで絵を描いても水で消えてしまうし、紫外線で退色するため使いたくても使えませんでした。

当時、年賀状の印刷には「プリントゴッコ」という個人向けプリンターが流行っていました。ところが、当時主流だった染料インクを使うと文字がボケる。そのため「プリントゴッコ」の発売元『理想科学工業』が、カーボンインクのカートリッジを用いた「理想ペン」を発売しました。調べてみたらカートリッジはプラチナ製でした。耐水性と耐光性に優れたカーボンインクなら絵画に使えると思いましたが、インクを大量に使う絵画にはカートリッジは不向きです。「瓶のカーボンインクを出してほしい」と『プラチナ万年筆』に交渉しました。

※カーボンインク……顔料インクの一種。耐水性、耐光性に優れている。記録の永久保存に向く




1995年頃、『プラチナ万年筆』が「カーボンインク」の名前で瓶インクを発売。おかげで晴れて画家の道具として万年筆を使えるようになりました。

絵を描くための万年筆を作ってもらおう。そう思い、全国の万年筆職人に頼んだところ、鳥取の『万年筆博士』の田中晴美さんが真っ先に0.13ミリの線が描ける万年筆を作ってくれました。


万年筆職人が作ってくれた極細万年筆

近年、若い人の間で万年筆が流行っています。若い万年筆ファンには信じられない話かもしれせんが、万年筆が売れない時代が長年続いていました。その頃『セーラー万年筆』がはじめたのがペンクリニックです。ペンドクターが万年筆売場へ出向き、万年筆を調整しつつ、新しい万年筆を試し書きをしてもらおうというサービスです。




ある日、ペンクリニックで『セーラー万年筆』のペンドクター川口明弘さんにお会いしました。「極細の万年筆がほしい」と頼んだら同社のペン先職人長原宣義さんを紹介してくれました。後日、長原さんが作ってくれたのが、「布袋竹のクロスポイント」です。ペン先が2枚重ねてあり、インク溝がクロス(十文字)に見えます。

いろいろな場所にスイートスポットが仕込んであり、万年筆を動かす角度を微妙にコントロールすると0.5ミリから6ミリの線を描けます。この万年筆を使いこなすためには持ち方や筆圧なども変えなければなりませんでしたが、表現方法が豊かになったと自負しています。





『ねこじゃら商店』(著/富安陽子、イラスト/古山浩一)


「布袋竹のクロスポイント」で初めて描いた作品が、『ねこじゃら商店』(『おおきなポケット1997年10月号』掲載)のイラストです。

長原さんにお会いした際、お願いしたことがあります。「スケッチは細字よりも太字を多用します」と伝えたら、その後、長原さんが開発したのが、万年筆画用の「ふでDEまんねん」です。ペン先を立てると細描きができ、寝かせると太字が描ける万能万年筆です。現在、私は長原先生が遺してくれた「ふでDEまんねん」を使ったスケッチ入門講座を担当しています。





万年筆を700本持っていますが、私のはコレクションではなく、使うための万年筆です。半分ほどは6本まとめて収納できるパッキン付きの容器に入れ、ゼロハリバートンのアタッシュケースやトランクに保管しています。200本ほどは机の引き出しにそのまま収納。残りの150本は筆入れに立てていたり、収納ケースに入れて持ち運べるようにしてあります。

コロナ後はイタリアの世界遺産をすべて回り、万年筆で風景画を描きたいと思っています。スペインやポルトガルの世界遺産にも行ってみたい。ヨーロッパには日本にはない中世がそのまま残っているし、世界遺産を前に万年筆で絵を描くのは愉しいです。


お気に入りの1本:長原宣義モデル/布袋竹のクロスポイント


セーラー万年筆の故長原宣義さんが作ってくれた1本。この万年筆と出会えたことで絵の描き方が変わり、新しい発想が生まれ、世界が広がっていきました。

(取材・文・写真/中島茂信)

※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。