万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。
出版社・つちや書店で編集者として働く渡部まどかさんにお話をうかがいました。
実用性だけじゃないトキメキを感じたい
子どものころから文房具と本が好きで、自分のお気に入りのものを身近に置いていたり、持ち歩いたりするのは、今でも変わらない癖かもしれません。私は出版社で本の編集の仕事をしているのですが、仕事場には「使いやすい」(校正で赤ペンは毎日使います)はもちろんですが、見ているだけでちょっと心が躍るような文房具もたくさんあります。文房具は実用性だけでなく、トキメキも大切ですよね。
本も仕事の都合でよく読むのですが、絵本は今でも自分のためによく買います。子どものころは定期的に届けられる絵本を毎月、楽しみに読んでいました。小学校高学年くらいからは自分で本を選んで読むように。『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)や『モモ』『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ)など、ハードカバーで箱入りの凝った装丁の本が好きでした。書店で読む前から物語を想像させる造本に出会うと、ドキドキが止まりません! なので、八文字屋さんのように、文房具も本もある書店は、もうアミューズメントパークと言って過言ではありません。何時間でもいられます。
本を扱う仕事に興味をもったのは高校生のとき。読んで役に立つ情報を提供することはもちろんですが、人をワクワクさせたり感動させたり、心の支えになることもある「本」という商品を作る側になりたいと思いました。出版社や編集プロダクションをいくつか経て、現在は「つちや書店」で書籍の企画・編集をしています。
つちや書店で出版している書籍のジャンルは実用書が多いのですが、児童書や参考書・問題集などもあります。どんなジャンルの本でも「役に立つ」「明るく、元気になる」本づくりを意識しています。実用性があるけど、トキメキを忘れない――文房具と一緒ですね。
文具好きが編集するガラスペンでなぞる本
一昨年末に発売した『ガラスペンでなぞる ツキアカリ商店街 そこは夜にだけ開く商店街』の編集を担当しています。予想していた以上に反響をいただいて、大変うれしいです。
最初は社内の文具好きが集まって、「ガラスペンでなぞる本を作りたいね」という雑談からスタートしました。「万年筆でなぞる」という企画もあったのですが、万年筆はひとつのインクを入れると、しばらくそのインクとお付き合いすることが必然なので、いろんなインクを使いたい私たちにとっては「ガラスペンのほうが楽しい!」で方向性がまとまりました。ただ「何をなぞるのか」がなかなか決まらず、難航しました。
半年間くらい難航し続けて(笑)、九ポ堂さんに出会えたときに、やっと「やりたかったこと」がすべてクリアになり、企画を実現することができました。九ポ堂さんがポストカード(活版印刷)で展開している世界観をなぞり書きで楽しめる本に再構築し、「商店街をなぞり歩く」をコンセプトに57のお話を収録しました。
出版した当時は「ガラスペンでなぞる本」の類書も認知度もなく、本の紹介とともに楽しみ方も書店さんに伝える必要がありました。弊社の営業担当には、ガラスペンとインクの使い方を教えたりして、とにかく「インクを使って、ガラスペンでなぞるのは楽しいんです!」と毎日、たくさんの人に言い続けました。
おかげさまで『ツキアカリ商店街』の反響がたいへん良かったので、その半年後に『ガラスペンでなぞる文学 宮沢賢治幻燈館』を出版することができました。念願のシリーズ展開です! こちらは雑貨デザイナーでもあり、イラストレーターのカトウシンジさんがマスキングテープで展開している世界観を再構築しています。宮沢賢治の独特なフレーズを中心に文章をまとめていますが、色彩豊かな絵の中に文字をなぞると絵本が完成するイメージで編集しました。
『ツキアカリ商店街』では7種類、『宮沢賢治幻燈館』では6種類の本文用紙を使用しているので、なぞりながら用紙の書き味の違いも楽しめます。用紙はかなり多くの候補の中から30種類ぐらいに絞り込んで試し書きを繰り返し、厳選しました。インクは実際に書いてみないとにじみと発色がわからず、さらにインクの開封直後と数年経過しているものでも使用感が違うので苦労しました。
本文用紙は重版のタイミングで検討・変更しています。イベント会場などで本を販売していると、「初版が欲しかった」や「二版が欲しくて書店をまわりました」などのお声を直接いただくことができて、たいへん励みになります。こちらからも「どの用紙が好きです?」とか、「次はどんなインクでなぞるんですか?」など質問させていただいたりして、勉強させてもらっています。これからも、どんどん感想をいただけたらうれしいです。
思い出の色はブルーブラック
高校入学のお祝いでもらった「PARKER」の万年筆が、私の万年筆デビューです。当時は入れたインクを最後まで使い切った記憶はあまりなくて、そっと机の奥に眠らしてしまうという、そんな使用頻度でした。ただ、祖母が小学校の先生をしていて、よく家でも万年筆を使って書き物をしていたので、万年筆には憧れを抱いていました。特にブルーブラックは祖母の万年筆のインクの色だったので、今でもちょっとあの色を見ると懐かしい気持ちになります。
初めて自分で買った万年筆は「LAMY/サファリ」です。青と赤の配色が絶妙で、出会ったその場ですぐに購入しました。ほかにも何本か万年筆を持っていますが、よく使っているのは今でもこの万年筆かもしれません。もう10年以上でしょうか。ただ、最近はプラチナの万年筆「プレピー」が台頭してきていて、サインペンのように使っています。お手頃な価格なのに書き心地も良く、キャップの構造が特殊らしくてインクが乾きにくいところが気に入っています。特にカートリッジの発色がきれいでいろんな色を入れています。イラストレーターのmizutamaさんのデザインがかわいくて揃えちゃいました。毎日、楽しく使っています!
(写真/yoshimi)
※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。