万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。
消しゴムはんこ作家・イラストレーターのericさんにお話をうかがいました。
文房具店勤務でその奥深さを知りました
消しゴムはんこ作家としての活動やイラストの仕事をする以前は、文房具店で働いていました。幼いときから絵を描くことが好きで、文房具店や画材店によく足を運んでいたので、いつか働いてみたいという憧れがあったんです。
最初は手帳の担当でした。毎年8月に入ると、毎日何箱も新作が入ったダンボールが届いて、いろんな種類の手帳を店頭に並べていきます。表紙のデザインやカレンダーの違いなど、ひとつひとつがかわいくて、さらに文房具の魅力にハマっていったんです。
その後、筆記具を担当している先輩の下に付き「替え芯」の担当に。地味な世界ではありますが、お客様に「この替えの芯はありますか」や「互換性のあるものは?」と聞かれたときに、絶対に答えたいと思って勉強をしました。すると油性のペンでも水性の替え芯を入れられたり、自分の好きなようにアレンジが可能だとわかったんです。一気におもしろさが高まって、仕事も楽しくなっていきましたね。高級筆記具などの担当になったときには、発注やコーナー制作、ディスプレイをするのも好きでしたし、文具メーカーさんのお話を伺うのも楽しくて。いらっしゃるお客様は「自分用」、「プレゼント用」、「ちょっと高級ラインへの挑戦」など、用途が違うので、その希望に沿った文具を提案することにもやりがいを感じていました。どんな要望にもお答えできるように、新作のチェックから定番品まで日常的にチェック。そのおかげで私自身も文具の知識が深まっていきました。
実は働く以前は「文房具は事務用品」というイメージが強かったんです。事務ノートや安価なボールペンなど“仕事道具”という感じ。それが変わったのは、仕入れに利用していた世界各国のペンが掲載されている「ペンカタログ」に出会ってからです。「LAMY」、「フィッシャー」、「ファーバーカステル」などの有名万年筆からボールペン、インクまでが載っていて、その種類の多さにビックリ。文具の世界の広さを知りました。もう10年以上前のカタログなんですが、辞めてからもそれを眺めては、イラストの資料にしたり、大事にしているんですよ。
「偶然の出会い」が購入の決め手
万年筆は絵を描く用として使っています。初めて購入したのは文房具店勤務で手帳担当だった頃。先輩が「初めての1本」としておすすめしてくれたのが「LAMY/サファリ」でした。カラフルな軸の色も素敵ですし、ペンクリップのカタチもすごくかわいい。絵を描くときには細字のペンを使っているのですが、万年筆は優しいタッチで描けて、濃淡もしっかり出る。それを表現するのも他のペンとは違う味わいが加わる感じがして楽しいですね。
私は、本当に気に入ったものを長く使い続けるタイプ。「欲しい」と思ってもすぐには買わない、というより買えない派です。万年筆はとくに試し書きをしないと自分の好みがわからないものでもあるので、文房具店に行き、接客していただいて、気に入ったものを1本買う。だから持っているものは「どこで買って、ああいう接客を受けて買ったもの」とすべて思い出せる。その過程も含めて大事にしていきたいと思っています。
近年は旅行や外に出にくい時期なのもあり、遠方の文房具店のものは通販で買うこともあるんですけどね。でもそれよりも「偶然の出会い」が好きだから、たまたま入った文房具店で宝探しをしたい。デッドストックとか、異国の素敵なデザインのものに惹かれてしまいます。海外旅行に行くと、その国ならではの文房具があったりして、それもおもしろいんですよね。
「kaweco/スペシャル 0.5mm」というシャープペンは10年使っている文具。文房具店の先輩から「神シャーペンだから」と教えてもらい、手にとってみると、握り心地や手のフィット感、重心もすべてちょうどいい。ペン先がシュッとしていて細かい絵も描きやすいですし、黒で統一されたデザインも秀逸。私は別売りのペンクリップをつけていますが、これがあるとより書きやすくなります。もはやGPSを仕込んでおきたいぐらいなくなったら困るもの。失くさないように家から持ち出し禁止で使っています(笑)。私が持っているものは、口金と呼ばれる芯が出てくる部分も黒なんですが、現行品はシルバーに変更に。このデザインが気に入っているので、絶対になくせないんです。同じデザインで万年筆とApple Pencilグリップも使っています。太さもほぼ同じなので、同じテンションで使えるところがいいんですよね。
今、いちばん気に入っている万年筆は「ビスコンティ/ヴァンゴッホ コレクション」。初めて見たのは、2009年のペンカタログでした。私が知る限り、当時の万年筆で画家の作品をオマージュしたコレクションは他にはなかったと思うので、そのセンスに感動。万年筆が入っている化粧箱にもゴッホの絵がプリントされていて、それも素敵なんです。職人さんがレジンでゴッホの絵の色味を表現。絶妙なマーブル加減が1本1本違っていて、そのストーリー性も完璧ですよね。
当時からずっと欲しかったんですが、自分へのご褒美としてやっと今年購入しました。文房具店に行ったときに、同じモデルのボールペンしかなかったのですが、店員さんに聞くと奥から出してくださって…。試し書きをさせていただいたんです。海外の万年筆は、日本のものより太く書けるから、自分が好みの細字でなければ買わないと思いましたが、まさに理想の書き味…!軸のマーブル加減も理想通りで、これを逃したら、もう買えないだろうと思い、ついに手にしました。
いろんな理由をつけて購入しましたが、結果的には買って正解。絵を描くときのモチベーションが全然違いますし、眺めているだけでも嬉しくなります。もしかしてひとつでも自分の理想と違っていたら、買っていなかったかもしれません。この「完璧な一致」が私にとって重要。やっぱり足を運んで買うというのが自分には合っていると思いました。
文房具好きが今の仕事の原点
消しゴムはんこを知ったのは、画材屋でした。年賀状シーズンになると、消しゴムはんこキットが売り場に出始める。それを見つけて購入したのがきっかけです。それでまんまとハマり(笑)、まだYouTubeがそこまで普及していない時代だったので、有名な作家さんの本やブログを参考に作っていました。
イラストを描くときと消しゴムはんこを彫る作業は、脳の使い方が違います。イラストは、どこにどういう配置をしてどう描いていくかを常に考えながら作業するもの。消しゴムはんこは、消しゴムにイラストを転写したら何も考えずひたすら“彫る”ことに集中できる。無になって何かをしている時間は、精神的にもいい気がしていて。没頭することで気持ちがリフレッシュできるんですね。だからイラストを描いて脳が疲れたから、消しゴムはんこを彫ろうということもあるんです。そのシフトができるのは、自分の中でいいことだなと思っています。
モチーフとしているものに文房具が多いこともあり、文房具のことを考えない日はありません。仕事道具でもありますし、自分のモチベーションを上げてくれる存在でもあります。文房具が好きだから文房具店で働き、そこで得た知識のおかげで、この仕事にも繋がりました。私の人生には、欠かせない存在です。
(取材・文/中山夏美)
※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。