万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。
漫画家の星野真さんにお話をうかがいました。
万年筆歴2か月で保有数は20本以上
万年筆を使い始めて、まだ2か月なんです(笑)。私の作品のひとつ『ノケモノたちの夜』(小学館)がアニメ化されることになって、そのお祝いに友人がガラスペンとインクをプレゼントしてくれたのが、きっかけでした。
長くて赤いたてがみが特徴のマルバスというキャラクターを思わせる、赤いガラスペンとインクをプレゼントしてくれました。使ってみると、ビックリするぐらい書き味がいい。お礼を兼ねて友人に連絡したら「ガラスペンもいいけれど、本当は万年筆のほうが好きなんだよね」と言うんです。それを聞いたら、万年筆が気になっちゃうじゃないですか。日本三大メーカーのHPを全部見て、その次の日には文房具店に行っていました。
初めて買ったのは「セーラー万年筆/プロフィット ジュニア+10 ゆらめく」という万年筆とインクがセットになったもの。筆文字のような線が書けるペン先で、書き味がすごくおもしろい。「白夜」と名前がついたインクも、ピンクのような緑のような"ゆらめき”があって、紙や時間の経過で変化があるので、片っ端からいろんな紙に書いてみました。
このセットが私にマッチしていたようで、すっかり万年筆の虜に。東京の文房具店を1日かけて巡ったりもしました。気づいたら、万年筆を知って2か月で保有数が20本超えです!
文房具店で万年筆を探しているというと、イロハを教えてくださる店員さんが多いんですね。高い万年筆でも「どうぞ、どうぞ」って試し書きさせてくださいますし、気に入ったら試すを繰り返していたら、すごい勢いでハマってしまって……。半分は、優しく教えてくださった店員さんのせいもあると思います(笑)。
絵が好きで漫画を描き始めた気持ちが再燃
今は新連載に向けて準備中です。原稿は完全デジタルなんですが、ネーム(漫画の下描き)はノートに鉛筆で描いていました。アイデア出しも含めて、1話で1冊ノートを使い切るぐらい、漫画作成の中でも、いちばん大変な作業。それで気分を変えるためにも試しに万年筆で書いてみたんです。
これが大正解で。バーっとアイデアを描き出した後に、インクを変えて描き込んだり。これまで掲載後はあまり見返すことがなかったネーム帳が「作品」に変わった気がしました。ぬるぬるっとした描き味も気持ちよくて、大変だった作業も楽しくて仕方ないんですよ。
SNSに万年筆で描いたイラストの1枚絵を投稿していますが、あれもこれまでだったら絶対やっていなかったこと。謙遜しているわけではなく、自分では同業者の中で絵がうまい方だと思っていなくて、美大で専門的に絵を学んだわけでもないですし、それがけっこうコンプレックスでした。でもそういう負の気持ちに対して万年筆が「大丈夫だよ」って言ってくれている気がするんですね。万年筆を使って何かを描きたいって気持ちが強いのもありますが、インクがジワッと出てきたり、ぬるぬるっとした描き味は、他のペンでは味わえない感覚。絵が好きで漫画を描き始めた気持ちが再燃しています。
熱しやすくて冷めにくい。そして深い
高校生のときからずっと歴史が好きです。始まりは三国志だったと思います。探っていくうちに19世紀の日本史にとくに興味が出てきました。
司馬遼太郎の『坂の上の雲』も大好きで、松山まで足を運んだこともあります。あまりにも熱く追いかけていたからなのか、ご子孫の方と繋がる機会があり、仲良くさせていただいてるんですよ。アニメ化が決まったときにはお祝いまでいただいて。推しに自分のお祝いをしてもらえるなんて、贅沢すぎる出来事だなって、自分でも思っています(笑)。
歴史熱は今も継続していて、仕事中も歴史系のラジオを聞いています。『ノケモノたちの夜』は、19世紀の大英帝国が舞台なので、原稿を描いている傍らで、名作と言われる映画をひたすら流して知識を得たりも。でも、好きになりすぎて「歴史ネタを盛り込みすぎてドキュメンタリーになっている」と編集担当に注意されたこともあるぐらいなんです……。熱しやすくて冷めにくい。さらには深くなっちゃう傾向なので、どんどん漫画にも反映したくなっちゃったんですよね。
会社員を経て漫画の世界に飛び込む
幼稚園のときから将来の夢は漫画家。絵を描くことも漫画も好きで、その夢は揺るぎないものでした。だけど両親からは「まずは社会に出てから考えて」と言われたのもあって、大学を卒業した後、一度は銀行に就職。
当時は納得できていない部分もありましたが、もしも大学を卒業したまま漫画家を目指していたら、編集者と対等に話せる人間的な厚みを持つことができなかったと思うんです。遠回りしているようにも感じていた数年間は、決して無駄ではありませんでした。
もちろん会社員として働きながらも漫画は描いていましたが、どう頑張っても3か月かけて30ページの読み切りが描けるペースでしかできない。とても両立は難しいと感じて、退職を決意したんです。先輩の漫画家からも反対されましたし、今の私なら危険すぎるって言うと思います(笑)。
その後、同人誌即売会に出展していたサンデー編集部(小学館)の編集者の方に漫画を見ていただきました。元銀行員というのを面白がってくださって、新人賞を目指してネームを見てもらうことに。同時に漫画家アシスタントで下積みを重ね、1年ほどで連載が決定しました。ちょうど『サンデーうぇぶり』がスタートしたタイミングだったのもあって、新人の門戸を広くしていたようなんです。
『ノケモノたちの夜』は、2作目。それがアニメ化にも繋がるなんて本当に嬉しい限りです。これまでとは違うファン層の方に繋がったり、海外の方からも評価いただけるのは、アニメという媒体の強みだと感じています。
漫画の扉絵を万年筆で描きたい
まもなく新連載のお知らせができると思います。原稿提出が1日遅れると編集担当から「万年筆のコレクションをメルカリで売りますよ」と言われているので、必死です(笑)。
原稿は利便性の関係でデジタルで行ないますが、扉絵は万年筆で描いたものをスキャニングして掲載してもらおうかと考えています。それがきっかけで、サンデー読者が万年筆に興味を持ってくれたら嬉しいですし、いつか私のキャラクターとコラボインクや万年筆が発売できたら……!編集担当にも万年筆をプレゼントしたので、この熱が伝わればいいなぁと思っています。
(取材・文/中山夏美)
※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。