万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。
今回は、エッセイストとしても活躍されているイラストレーターの沢野ひとしさんです。
60年代製のモンブランを愛用しています
万年筆を使うようになったのは、大学卒業後、就職した児童書出版社の社長の影響です。その人がモンブランやペリカンを使っているのを見て万年筆に憧れ、いろいろな万年筆を購入。学生時代に一番安いモンブランを使ったこともありましたが、書きづらい印象を受けました。日本語を書くには国産万年筆が適していると思っていた時期が長かった。
若い頃買ったモンブランがなぜ書きにくかったのか。万年筆には詳しくなかったのでその理由がわからなかったのですが、後年、ユーロボックス(銀座のアンティーク筆記具専門店)の藤井栄蔵さんに「昔といまのモンブランではペン先が違う」と教えてもらいました。
同店では、海外で買い付けたアンティーク万年筆などを藤井さんが修理して販売しています。藤井さんから60年代製の、イカペンと呼ばれるペン先のモンブランを購入しました。ペン先が実にやわらかくて書きやすかったことから60年代製のモンブランを何本買ったかわかりません。
僕のお気に入りは金キャップで、軸が太くて赤いモンブラン。軸が赤いモンブランは生産数が少なかったのか、ほとんど出回っていません。藤井さんに頼んでいますが、なかなか手にはできません。
筆が進むときは楽しいけど必死に書いています
以前はワープロで原稿を書いていましたが、うまく書き進められず、原稿用紙を使うことにしました。万年筆にインクを入れると原稿用紙が何枚書けるかがわかります。
当初、大きな400字詰めの原稿用紙を愛用していました。原稿を書いたら出版社にFAXしていたのですが、FAXを買い替えたら原稿用紙が入らなくなった。そのため原稿用紙を満寿屋の200字詰めに変えました。
満寿屋のその原稿用紙はマス目が大きく、僕が好きな太字のモンブランで書くのに最適でした。
でも、200字詰めよりも400字詰めのほうが流れがつかみやすく、書きやすい。しっくりくるというか、原稿を書くリズムが400字詰めのほうが性に合っている。そう思い、コクヨの400字詰めの原稿用紙に改めました。
ところが、その原稿用紙はマス目が小さく、太字のモンブランでは書きにくいため、中字のモンブランを使っています。インクはモンブランのブルーブラック。
万年筆は紙との相性もある。それも含めて何本かの万年筆を使い分ける面白さがあると思っています。
原稿を書いたり、イラストを描いて食べていくのは大変。イラストもそうだけど、必死に書いています。原稿書きは冷や汗の連続です。
『ジジイの文房具』を書こうと思っています
アンティーク万年筆も現行モデルも、モンブランが時々出す記念モデルといろいろ集めてきましたが、いずれも友だちにあげたりしてほとんど手元に残っていません。たくさんあったギターも本も洋服も70代に入り大半を処分しました。
若い頃は部屋をものであふれさせるのが喜びでしたが、年齢と共に、ものに縛られない暮らしに方向転換。何が自分に必要なものなのかを考え、不要なものを処分してきました。
ものを置かないということは、決断力を鍛えること。そんな思いをまとめた『ジジイの片づけ』という本を2020年に出させていただきました。2022年11月、料理や弁当、調理道具との付き合い方などを書いた『ジジイの台所』(共に集英社)を上梓。
次回は『ジジイの文房具』を出したいと考えています。年齢と共に力がなくなってきたこともあり、軽くて細い万年筆を握る機会が増えました。太軸の万年筆で書くときは、キャップを付けずに使います。
教員だった妻の父が愛用していた60年代製のモンブランを2本形見にもらいました。キャップが少し傷ついていたので藤井さんに修理してもらおうと思いましたが、「このまま使えるのでいいのでは」と言われ、直していません。とても使いやすくて気に入っています。
(取材・文・撮影/中島茂信)
※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。