人気シリーズとなっている『羽州ぼろ鳶組』をはじめ、デビュー以来、数々の時代小説を世に送り出している今村翔吾さん。魅力的なキャラクターと大胆なストーリー展開が作品の魅力で、今、最も勢いのある若手作家として注目を集めている。さらに作家の枠を超えた活動も話題で、その原動力について伺った。


八文字屋(以下八)『羽州ぼろ鳶組』は新庄藩の侍火消が題材ですが、新庄市とは以前からご縁が?

今村翔吾(以下今村)初めて新庄を訪れたのは2012年、作家になる前ですね。もともとダンスの先生をしていて、東日本大震災のときボランティアで、教え子たちと何度も宮城の南三陸町や登米市の避難所に行きました。その帰りに何となく新庄に寄ったんです。恥ずかしいんですけど、そのときまで新庄まつりのことも知らなくて。時期がちょうど新庄まつりの前で、あちこちに貼ってあるポスターを見て、新庄藩の古いまつりだと知ったんですよ。

 今では新庄の観光大使で地元にはファン倶楽部もできています。

今村 作家としてデビューする前から、火消の物語で「明和の大火」前後の話を書こうと考えていました。このときはまだ新庄のことは頭になかったんですが、「武鑑」という江戸時代の公務員名簿のような年鑑を開いたら、方角火消8家の中に「戸沢家新庄藩」の名前がありました。普通は数年ごとに交代するのに、新庄藩だけ残って10年以上やらされている。貧乏藩で幕府のいじめ的なこともあったのかと思いますが、一方で本当に能力のない集団だったら御役御免になっているはずだと興味を持ったんです。そういう意味では、新庄との縁はいろんな積み重ねが一つになったともいえるし、偶然ともいえるし、奇跡的なものかもしれないです。

 シリーズ1巻目の『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』が日本で一番売れたのが、ここ地元新庄の丸井八文字屋店なんです。

今村 
読者の方が本を通して新庄のことを知って広めてくれるんですよ。新庄に来て、八文字屋さんに立ち寄るのが一つのルートになっているらしいです。「どうせなら新刊は新庄で買いたい」という人もいて、飛行機で来て文庫本を買って帰った、そんな話も聞いていますね。

 "ぼろ鳶組" の人たちがいつ国元に来るのか、気になります。

今村 シーズン2では新庄に来ますから、一番意外なタイミングで。



 

羽州ぼろ鳶組シリーズ

著/今村翔吾
祥伝社
748円(税込)〜

かつて江戸随一とされた侍火消・松永源吾が率いるのは、"ぼろ鳶" と揶揄される新庄藩火消集団。その再生と再起を描いた人気シリーズ。現在12巻まで発行されている。




作家デビューも直木賞受賞も
憧れの池波先生と同じ歳

八 いつ頃から作家になろうと思ったのですか?

今村 最初に本を読んだのが小学5年の夏、池波正太郎先生の『真田太平記』に夢中になって中学1年くらいまでの間に池波先生の作品を全部読みました。それから司馬遼太郎先生、藤沢周平先生、山田風太郎先生、山本周五郎先生、吉川英治先生とか有名な先生の全集を全部読んでいって、読む本がなくなったときに「僕だったらこう書くだろうな」という気持ちが湧いて。作家になろうと思ったのは、この頃ですね。

 では、ダンスや作曲をしながら小説も書いていたんですか?

今村 いえ、一切書いてないです。30歳で仕事を辞めるまで一切、1行も書いてないです。ダンススクールは家業だったんですが、その仕事を辞めてから書き出しました。

 覚悟を決めて、退路を断ったわけですね。

今村 人生には転機やチャンスは何回もやってくる。若ければ若いほど回数は多い。そのとき気づかなかったというのはたぶん嘘で、おそらく見えながら見逃している。僕もそうで、30歳まで何度も転機はあったけど、その回数が確実に減ってきているというのはわかっていました。しかも、そういう転機やチャンスは、こちらが何の準備もしていないときに限ってやってくるんですよ。そのとき決めるのは結局、「自分が今、どうしたいか」で、僕はやりたいと思ったんですよね。ただ、「やれる」という得体の知れない自信はありました。迷っていたときに、本屋で平積みされている時代小説を読んで、「これよりおもしろいものを書ける」と思いました。

 初めて小説を書いた日は覚えていますか?

今村 覚えてます。片っ端から新人賞に応募しようとインターネットで検索したら、一番近い締め切りが4日後だったんです。それまでの人生だったら諦めたかもしれないけど、「全部やると決めたのに、この4日で書けないんだったらプロにはなれないだろうな」と肚をくくりました。それで原稿用紙換算で85枚の短編を書いて応募したんです。



「この4日で書けなかったら、プロにはなれないだろうな…と肚をくくりましたね」


八 それが2016年の『蹴れ、彦五郎』で、第19回伊豆文学賞の小説・随筆・紀行文部門最優秀賞に。

今村 同じ年に『狐の城』で第23回九州さが大衆文学賞大賞も受賞しました。そのとき選考委員だった北方謙三先生が「会いたい」と言ってくださって、出版社の人に「騙されたと思って今村に書かせてみろ」と。そして僕には「最近の作家は3か月に1冊のペースでないと生き残れない。どうだ?やれるか?」と。これは試されていると思って、「1か月で十分です」と答えたんです。北方先生はニヤッと笑って「次は作家として俺に会いに来い」と言って、ハットをかぶって去っていかれました。僕は、その1か月で後悔しない1冊を書こうと思った。それが『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』なんです。

 そこで新庄につながった。まるでドラマのようですね。

今村 ダンスの子どもたちには「直木賞を取る」と約束していて、それには単行本でデビューしなければ…と思っていました。それで『童神』を書いて角川春樹小説賞に応募して、受賞したんです(※刊行時『童の神』に改題)。北方先生は僕を覚えていてくれて、授賞式で「北方謙三を駆逐するのは今村翔吾かもしれない」と。そして「次はもう少し高いところだな」と言われました。それは直木賞のことだったんですけど。

 約束通り2022年に『塞王の楯』で直木賞を受賞されました。

今村 『塞王の楯』『幸村を討て』『茜唄』は、それぞれ今の僕の中にある最高の構成や手法で書いたので、このうちのどれかで取れなかったら直木賞は一旦忘れようと思ってました。それが37歳、池波先生と同じ歳に直木賞を受賞し、デビューも同じ歳、これも縁だと感じてます。



 

塞王の楯

著/今村翔吾
集英社
2200円(税込)

近江の国・大津城を舞台に、石垣職人 "穴太衆" と鉄砲職人 "国友衆" の宿命の対決を描く究極のエンターテインメント戦国小説。第166回直木賞受賞作。


大衆作家の最前線は文庫本
若い世代を時代小説の読者に


「僕にとって本屋は本を買うだけでなく、子どもの頃、おじいちゃんと一緒に行った思い出も詰まった場所」と話す。


 時代小説の魅力、醍醐味はどのようなところですか?

今村 まず一つは、じつは人間はそんなに変化がないんですよ。時代で "変わること" と "変わらないこと" があって、その差異みたいなものを楽しむことですね。もう一つは、時代小説や時代劇、講談のようなものは日本のエンターテインメントの基礎になったところで、大衆文学の原点に近いのが時代小説なんです。今、話題の能力バトルも、あのバトル形式の原型をつくったのが山田風太郎先生で、原点が『甲賀忍法帖』。これが何十年も前の本だとは信じられない。メッチャおもしろいですよ。

 確かに、時代小説はエンタメ界の元祖といえそうですね。

今村 僕ら若い世代の作家が頑張ることが、じつは池波先生や司馬先生、さらにその前の先輩方の偉業を守ることになるし、彼らの作品を読んでもらうための最前線にいると思っているんです。僕の本を読んだ若い人が、「今村の好きな池波正太郎の本を読んだらおもしろかった」と。だから小学生から30代を時代小説に引き込みたいし、特に10代20代に向けて『イクサガミ』を書いたり、いろいろ取り組んでます。大衆作家の最前線は文庫本だと思っていて、文庫本だから小学生でも中学生でも買える。彼らが成長して、自分でお金を払えるようになって、「今村翔吾の本を読んでみたい」と思ったときに単行本を手に取ってくれたらいい、そう考えてます。

 今村さんの作品はテンポがよくて、若い人にも読みやすいですね。

今村 僕は3歳から70代の方までダンスを教えていたので、いつも相手に合わせて伝え方を変えていました。だから小説も、書き手の自分とは別に読者の自分がいて、その人がわかるように意識しています。それで読みやすいのかなと思いますね。


令和っぽい作家
スタッフと「チーム翔吾」で



 書店も経営しているとか。

今村 2年前に、廃業が危ぶまれた大阪の書店を受け継ぎました。最初は断るつもりだったんですが、お店を見に行ったら小学2年くらいの女の子がおばあちゃんと本を選んでいたんです。僕もよく、おじいちゃんに本屋に連れて行ってもらってました。本屋は本を買うだけでなく、そういう思い出も詰まった場所なので、この子が大人になったときに思い出の本屋がなくなっていたら悲しいだろうなと思って引き受けたんです。

 直木賞の後、ワゴン車で日本全国を回ったり、テレビ出演したり、作家の枠を超えていますね。

今村 毎年何か一つはおもしろいことをやりたいと思っているんです。出版界というと主語が大きいけど、何かあっと驚かせて、みんなで明るくやろうよと。それがやれるのも、スタッフの力が大きいですね。じつはスタッフはみんなダンスの教え子で、事務所では「翔吾くん」と呼ばれてます。僕一人ではできないことを、同じ志を持ったスタッフとチームでやる。こういう作家は、令和っぽいんじゃないでしょうか。


今村翔吾が選んだ中高生のための時代小説3冊

子どもの頃から時代小説を読み込んだ今村さんおすすめの名作3冊。
メッセージとともにご紹介します。



 

甲賀忍法帖

著/山田風太郎
講談社文庫
682円(税込)

徳川三代将軍の座をかけ、甲賀・伊賀の精鋭忍者が秘術の限りを尽くし争う忍法帖シリーズ第1作。「風太郎忍法は "能力バトルもの" の原点にして最新です」




 

梟の城

著/司馬遼太郎
新潮文庫
1155円(税込)

豊臣秀吉暗殺を狙う伊賀者と、伊賀を捨て仕官を求める相弟子の生き方を描く忍者小説。「初期の司馬作品。石川五右衛門が出てきたり最後に驚きもあります」




 

剣客商売

著/池波正太郎
新潮文庫
737円(税込)

性格も生き方も対照的な剣客父子が事件を解決するシリーズ。「時代小説に慣れない人も読める。老いと成長がテーマでもあり池波作品では一番のおすすめです」


(インタビュー/八文字屋商品部 文/たなかゆうこ 撮影/伊藤美香子)

※本記事は『八文字屋plus+ Vol.4 秋号』に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。