『きのう何食べた?』(講談社)を初めて読んだのは、まだ私が20代の頃でした。BL漫画に出会ったばかりのときで、そのジャンルを深めようと手に取った1冊です。ただ、実際読んでみると、想像していた「THE BL漫画」とは少し違うもので…(笑)。その理由のひとつは、連載している雑誌が『モーニング』(講談社)だからというのが大きいのでしょうか。ちょっと拍子抜けしたのを覚えています。
『きのう何食べた?』 よしながふみ
パートナーを思いやる気持ちを学ぶ
節約家で料理上手な弁護士 筧史朗(通称シロさん)と、人を思いやる気持ちに長けた美容師 矢吹賢二(通称ケンジ)のゲイカップルが2LDKのアパートで暮らす日々を、シロさんが作る料理と共に描いた作品です。
シロさんが43歳、ケンジが41歳でスタートした物語も16年の連載を経て、50歳を迎えています。まだまだ初々しさがあるカップルから、今や熟年夫婦のような落ち着きになったふたり。10年を共に歩んできたふたりにも、いろいろな壁がありました。
老いていく家族のこと、同性愛者であること、年を重ねていること。その度にふたりは話をして、共に解決してきました。私は、そんなふたりの暮らしを見て「パートナーを思いやる気持ち」を学んでいるように思います。だいたいツンとしていて冷静沈着なシロさんですが、接客業をしているケンジのために休日の前日以外はニンニク料理を作らなかったり、少し肥えてきたケンジのためにカロリーが低めだけど、満足できるメニューに変更してみたり。シロさんラブなケンジは、シロさんが作る料理にいつも「おいしい〜」と満面の笑みをくれるし、料理を作ってくれる代わりに洗濯物を丁寧に畳んでくれています。
「こんなの普通でしょ」と思われるかもしれませんが、相手のために意外と“普通のこと”ができていなかったりしませんか? 私は初歩的な「ありがとう」ですら、言えてないことがあるように思います。子どもが生まれて、寝かしつけのまま朝を迎えている日常では、夫とゆっくり会話する時間もありません。シロさんとケンジのようなふたりでいたいのに…。私も10年結婚生活を続けたら、今のふたりに近づけるのか。自分の未来に期待します(笑)。
最初に「拍子抜けした」と書きましたが、多分『何食べ』の本当の良さに気づいたのは、自分も年を重ねてからな気がします。20代では気づけなかった苦悩や心情が、40歳を目前にジワジワと染み渡ってきました。さらに年を重ねたとき、もっと気づける部分が多いようにも思います。
主婦の気持ちに沿ったレシピばかり
レシピが載った漫画はたくさんありますが、『何食べ』のいいところは、シロさんが節約家で主婦の気持ちを代弁したような料理を作ってくれるところにあります。例えば、調味料にめんつゆを使っていたり、焼肉のタレだったり、材料もスーパーの特売品に喜んでいたり。漫画を読みながら「今日の夕飯これにしよう〜」と気軽に思えるレシピばかりです。レシピ本を見ていても小洒落た調味料を使っていて、作らないってパターンが多い人には本気でおすすめ。私も、いくつもレパートリーに入れさせていただいています。
出てくるレシピは、よしなが先生が自分で作っているもの、あとはお母さんから教わったレシピなんだそう。だからなのか、ふたりの友人・ジルベールから「実家の味」と言われています(笑)
世の中の流れを上手に取り込んでくれているので、世界観はとってもリアル。最新刊(現在22巻まで発刊中)では、ずーっと1か月の食費を「ふたりで2万5000円」をキープしていたのに、物価上昇に伴い4万円にアップすることになって、シロさんは大ショックを受けていました。痛いほどわかる…。290円で買えていためんつゆが390円になっていて、スーパーで震える日がありますよね。
パートナーと共にささやかだけど、穏やかに幸せに暮らす。その本当に小さくて当たり前のような望みを『何食べ』は実直に、そして日々の生活に彩りを与えてくれるようなレシピを添えて描いてくれています。老いに不安を抱え、パートナーとのすれ違いに悩み、なんとなく生きるだけになっているときに、何かヒントがもらえる漫画ではないかと思います。