万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。今回は、レタリング作家のbechori(べちょり)さんです。
フォントを手書きで再現したかった
子供の頃から文字を書くのが好きでした。母親に書道を習いたいと自らお願いするほど、文字を習得したい気持ちがあったんですね。僕は覚えていないんですが、母が言うには新聞や折込広告に印刷された大きな活字に紙を重ねてトレースをして遊んでいたこともあったそう。とにかく書くことに興味があったんです。
いわゆる“美文字”ではなく、どちらかというと印刷文字やフォントに関心がありました。その何が好きかっていうと、規則性のある美しさです。文字というより図形や記号、線画のように見ています。フォントとされる文字はカタチとしてもかっこいい。それを手書きで再現したいという願望をその頃から抱いていました。
学生時代はノートをとるのにもこだわっていて。他の人が見たときに参考書になるようなノートにしたいと思っていたんですね。文字をフォントっぽく書いたり、段替えやレイアウトも意識。パッと見で内容がスッと入ってくるページ作りを心がけていました。当時使っていたペンは、「uni/ジェットストリーム」。ノートはキャンパスノートだったと思います。
前職では、仕事の業務の引き継ぎや申し送りを手書きで渡す風習があったので、そのときも人に伝えやすい文字を考えて書いていました。
動画を見て「僕もやる」と使命感が芽生えた
万年筆との出会いは、レタリングを始めたきっかけでもある、PILOTの公式YouTubeを見たことでした。たまたま、本当に偶然オススメに出てきたんです。それまでPILOTの万年筆があることも知らなかったですし、万年筆自体「昔の筆記具」というイメージを持っていました。それがこの動画を見たときに「僕もこれをやるんだ」って使命感を抱いちゃって。すぐ「PILOT/カスタムヘリテイジ912」を購入。おもしろかったですね。ペンで文字を書くのは好きでしたが、万年筆で書くとこんなに違いがあるのか! と。インクの濃淡、独特な線質、ほかのペンでは表現できない世界でした。
僕が始めた2016年は、まだレタリングを日本語で解説している人がいなかったので、海外の方が配信しているYouTubeやInstagram、Pinterestを参考にしていました。当時ヨーロッパや北米でボンっとハンドレタリングブームがきていたようで、いくつも動画が上がっていたんですね。その方たちはだいたい日本製のペンを使っていて。それも僕がレタリングにどっぷりハマる後押しにもなりました。
最初は練習の備忘録としてInstagramのアカウントを作ったんです。同じ時期に手書き投稿が流行っていて、そのハッシュタグをつけたことでいくつか反響が。レタリングは女性が多い分野のようで、僕のように男性がやっているのも珍しかったようです。少しずつ反響が大きくなっていって、大手企業にお声がけをいただいたり、ワークショップを開催したのが大きな転機となに。2019年、レタリング作家としてデビューしました。
マインドフルネスに近い効果を感じる
今は手書きで文字を書くこと自体少ないと思います。スマートフォンとパソコンで済むところをわざわざ手書きにするのは、面倒くさいですよね。とくに万年筆やガラスペンはインクの手間もあるし、手も汚れる。だけど手書き文字には尊さがあります。ワークショップを終えた後はとくに思いますね。参加者の方から「久しぶりに文字を書いたけどスッキリした」、「気持ちよかった」、「楽しかった」という声をいただく度に、僕が幼少の頃からずっと楽しいと思っていたことを同じように感じてくださることがうれしくて。
文字を書いていると、そのときに他のことは一切考えません。ペンと紙が触れる一片に集中するので、余計な雑念はなくなります。書き終えた後は心地よい疲れもあって、マインドフルネス状態に近い。それに気づいてからは、より意識するようになりました。
フレーズに合わせて色を選ぶ
色彩も好きなので、色にもこだわりを持っています。中でもこじれた色が好き。ストレートな色より少しクセがあるような複雑な色に惹かれます。日本の伝統色は、くすみもあって好みのものが多いです。最近はラメ入りのインクも豊富で、ガラスペンで書くときの楽しみにもなっています。
インクは多分、1000〜1300個ぐらいは持っています(笑)。すべて把握はしていて、全部違う色のはずです。それだけ色の種類があるってこともすごいですよね。
色を選ぶときは、フレーズにリンクさせています。「Autumn」といった秋のフレーズであれば、秋っぽい色。「BEACH」という文字が入っている文章では、海と砂浜を思わせる色味にしたりも。2色のインクを重ねて使うことで表現できる色もあり、その幅は無限にあります。
日本製文房具に信頼がある
初めて万年筆を買ったときにはソロリソロリ使っていましたが、気負わずにガンガン使うほうがおもしろさがわかると思います。僕は、ジャケ買い派で軸の見た目で買うことが断然多いです。書いている間、視野に入ってくるものなので、自分の好きな色やデザイン、フォルムだと気持ちも高まるんですよね。万年筆は安価なものも含めれば、100本以上、ガラスペンは200本ぐらいあるかな。それ以外のペンや紙物もあるので、部屋中文房具だらけです(笑)。
持っているほとんどは日本製で、とくに紙物は日本製が絶対いい。明らかに紙質がよく、書き心地も違います。海外のレタリング愛好家の方も最終的に日本製に落ち着くんですって。ペンもそうですが、海外製品は個体差にバラつきが多く、均一の品質ではない印象。日本は高品質なうえにクオリティが均一なので、ハズレがありません。好みのものが見つかれば、すぐ手に取れる安心感もあります。僕が愛用している「ぺんてる/筆タッチ サインペン」は海外の方が使っているのを見て知ったもののひとつ。150円ほどで簡単にレタリングが楽しめるので、最初の1本としてもオススメします。
(取材・文/中山夏美 写真/長岡信之介)
※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。