2020年の『流浪の月』に続き、2023年は『汝、星のごとく』で2回目となる本屋大賞を受賞した凪良ゆうさん。『汝、星のごとく』は数々のランキングや文学賞で高い評価を受け、年間ベストセラーの上位にランクインするなど、2023年を象徴する小説の一冊となりました。

『汝、星のごとく』はそれぞれの人物像が際立つ物語性豊かな作品であるだけに、明かされなかった“過去”や彼らのその後が気になっていた人も多いのではないでしょうか。

11月8日(水)には、そんな読者の思いに応える続編『星を編む』が発売されました。シリーズの作品世界がさらに広がる読み応えたっぷりな本作について、凪良さんにお話を伺いました。




 


星を編む

著者:凪良ゆう
発売日:2023年11月
発行所:講談社
価格:1,760円(税込)
ISBNコード:9784065327869


 


『汝、星のごとく』で語りきれなかった愛の物語

「春に翔ぶ」——瀬戸内の島で出会った櫂と暁海。二人を支える教師・北原が秘めた過去。彼が病院で話しかけられた教え子の菜々が抱えていた問題とは?
「星を編む」——才能という名の星を輝かせるために、魂を燃やす編集者たちの物語。漫画原作者・作家となった櫂を担当した編集者二人が繋いだもの。
「波を渡る」——花火のように煌めく時間を経て、愛の果てにも暁海の人生は続いていく。『汝、星のごとく』の先に描かれる、繋がる未来と新たな愛の形。

(講談社BOOK倶楽部『星を編む』より)

『汝、星のごとく』は2023年を代表する文芸書に

——2022年8月に発売された『汝、星のごとく』が、2023年年間ベストセラー(日販調べ)の総合部門第6位、単行本フィクション部門では第4位となりました。まさしく多くの読者に愛された作品となりましたね。

こんなにたくさんの人が読んでくださったのは、やはり本屋大賞をいただけたことが最大の理由だと思っています。全国の書店員さんが、それぞれの町の本屋さんでスペースを取って展開してくださった、一人ひとりのお力のおかげと感謝しています。

小説を書くときの私のスタンスは毎回変わらないので、『汝、星のごとく』を書くために何か特別なことをしたわけではありません。周りの人の応援が一番大きかったのだと感じています。

——そんな『汝、星のごとく』の続編である『星を編む』が、11月8日に発売されました。「書くときのスタンスは変わらない」というお話でしたが、大ヒット作の続編ということもあり、読者の期待もいつも以上に高かったのではないでしょうか。

これだけ反響をいただいた物語の続編なので、やはりプレッシャーはありました。書かずに済めば楽だったのですが(笑)、本編では北原先生の過去のことは謎を残したままでした。そこは必要な要素ではあったのですが、『汝、星のごとく』はあくまで櫂と暁海の物語なので、物語の構成的に邪魔になってしまうため、泣く泣く本編には入れなかった部分です。

ただ、北原先生はこういう背景のある人だということは心に留めながら書いていましたし、「何があったら北原先生のような人になるの?」と読者さんも疑問に思うだろうと予想していました。その、気になるところを解消できる物語をと編集者さんと相談して、しんどいし怖いけれど、挑戦してみようということになりました。

——それが、『星を編む』に収録された3編のうちの最初の一編「春に翔ぶ」ですね。北原先生は、『汝、星のごとく』の主人公である櫂と暁海の高校時代の恩師であり、その後の2人にも深く関わることになる人物です。いまのお話からすると、本編では明かされなかった部分も、凪良さんの中ではすでにできあがっていたということでしょうか。

いつも、ある程度キャラクターを固めてから執筆に入るのですが、北原先生は本編を書いている間にどんどん突出してきた人で、物語内での存在感を増していくごとに、背景もぶ厚くなっていきました。

セリフにしても、(人物を)固めてからセリフが出てくる時もありますし、セリフが出てきてからその人が固まることもあります。原稿を読み返してみて、「よくこんなセリフを書いたな」と思うことがたまにあって、自分の中にはあっても普段は表層に現われないものが、小説を書いていると、何の前触れもなくブワッと湧き上がってくることがあるんです。北原先生はそれが多かった人物ですね。「なるほど」と私も気づかされました。

——作中ではもちろん、北原先生は凪良さんにも気づきを与えてくれる人物なのですね。

以前、「小説とは何ですか」と質問されたときに、心のそこかしこに散らばっているものを文章にしたり物語にすることで、一つひとつ整理して、しまう場所を見つけていくことに似ていると言ったことがあるのですが、北原先生はまさしくそういう存在でした。

普段、いろいろなものを見たり感じたりして、取り留めなく自分の心の中に散らばっているものが、北原先生という引き出しができたことで言語として組み立て直されて、あるべき場所に収まる感じ。櫂や暁海などほかの登場人物にも言えることですが、しまい場所が見つかるのは、私にとっても気持ちのいいことなんです。




『星を編む』は力を貸してくれる人への感謝を込めた物語

——表題作である「星を編む」は、文芸やコミックの世界の裏側が垣間見られる、お仕事小説のような側面もありますね。凪良さんの作家としてのお気持ちも込められていると感じました。

読者さんもSNSで「凪良さんの担当編集者さんの顔がちらついて困ってしまう」とつぶやいていらっしゃいました(笑)。(本作の担当である)河北(壮平氏、『小説現代』編集長)さんは一緒にオンラインのトークショーなどもやっているので、お顔をご存知の方が多いのです。

小説は、執筆中は一人ですけれど、1冊の本になるまでにはたくさんの人の手がかかっています。最初は編集者さんと一緒に作っていきますし、校閲さんや出版社の営業の方たち、最終的に読者さんへ届けてくれる書店員さんなど、私が一度もお目にかかったことはなくても尽力してくれている人たちがいる。どこまで表現できているかはわかりませんが、そうやって力を貸してくれている人たちへの感謝の気持ちも含めて、物語にしたかったのです。

——「星を編む」では、まさに河北さんを髣髴とさせる櫂の担当編集者である植木と、文芸の女性編集者である二階堂の物語が交互に展開されていきます。双方の作家と編集者のやりとりも鬼気迫るものがありましたが、二階堂にもモデルはいるのですか?

2人の女性編集者さんをモデルにしているのですが、2人ともめちゃくちゃ仕事ができてフットワークが軽く、物語と物語を紡ぐ作家のことを愛してくれています。

もちろんストーリーに関してはフィクションですが、「星を編む」では編集者同士の良い掛け合いが書けたのではないかと思っています。

——二階堂のパートでは働く女性ならではの問題も描かれていますが、彼女の夫の裕一は強烈なキャラクターですね。

彼は、現代の働く女性が生み出した人物でもあると思っています。子どもを産むのは女性だけれど、男性側にもさまざまな思いがある。その部分は、男と女は最後まで交わる生き物ではないのだなという絶望を描いたような気がします。

二階堂が自分の担当作家に「男と女は対極にあるから子供を作れる」と言われますが、私もその意見に賛成です。8割ぐらいはわかり合えないということをわかったうえで、わかり合おうという努力をしていくのが人の営みなのかなと思っています。


「正しい答え」は必要ない

——『汝、星のごとく』も「人と人はわかり合えない」ことが出発点とおっしゃっていましたが、3編目の「波を渡る」は「そのわかり合えなさ」のやりとりが、ファンにはたまらない一編です。

この話は構成としては難しくてプレッシャーもあったのですが、暁海と北原先生の関係を書くこと自体は楽しかったです。

あるときは正しさや常識に背いてでも、自らの人生を生きると決めてきた2人が、最後に平凡ともいえる形に収まっていく。非凡でも平凡でも、正しくても間違っていても、当事者にとって心地いい関係であればそれでいい、だからこそ人生はおもしろいということを描いています。

——前作も含め、暁海たちの長い道のりをたどってきた読者のひとりとしては、「春に翔ぶ」の、「ぼくはどんな人間なのか。なにを欲しているのか。どう生きたいのか」から始まる一文は心に沁みました。

何事も、一つしか選べない、選択肢がないというのはすごく不自由なことなので、年を重ねながら何でも選べるような手札を増やしていくことはすごく大事だと思っています。1、2枚しかカードがなかったら対応するのにも限りがあるので、自分の手札はたくさん持っておいた方がいい。この局面はこれを切るというカードをたくさん持てるような、幅を広げていく歳の取り方ができるといいですよね。

——先程の一文にも表れていますが、『汝、星のごとく』と 『星を編む』は、「正しさとは何か」と「自分の人生を生きること」というテーマも通底していますね。

書き手としても、1人の人としても、「正しい答え」はもう必要ではないと思っています。その人なりの正しさや正義はあるけれど、世界共通の正しさは、ほんの一握りしかないのではないでしょうか。

私の中では、「自分がこれをしたい」という、自分にとって心地いいことと正しいことがイコールです。もちろん行き過ぎると、自分勝手だったり人に対して優しさがない振る舞いになってしまったりするので、そこはバランスを取らなくてはいけないですが、自分にとっては心地いいことが世間的には正しくないこともよくありますよね。

——それは、最後の「波を渡る」でも色濃く表現されています。

『汝、星のごとく』を書いていた時に北原先生の過去編については考えていたのですが、まだおぼろげにしか浮かんでいなかったですし、こんなふうに長いスパンの物語になるとは思っていませんでした。

意図したわけではないのですが、世代が進むごとにみんなちゃんと自由になっていますし、自分にとって居心地のいいものをつかみ取っている。そのことを体現しているのが北原先生の娘である結ですし、「波を渡る」のラストシーンはずっと紡いできたこの2冊の一つの答えかなと思っています。




2回の「本屋大賞」がもたらした変化

——以前凪良さんは、「小説に限らず『物語』は孤独から守ってくれるシェルターのようなもの」だったとおっしゃっていました。今作では「もっともっと先へと放る」「放つ」という言葉に象徴されるような、守るだけではない物語の包容力を感じました。

『流浪の月』から比べると、ずいぶんと物語のラストが外に向いていますし、その傾向は1作ごとに強くなってきていると感じています。『流浪の月』の文と更紗も自由ではあるのですが、それは世間に背を向けたものでした。『汝、星のごとく』や『星を編む』は周りの人とつながっていて、世界が開いている。それはおそらく、自分の心持ちが開いてきているからだろうと思っています。

——それは、何かきっかけがあっての変化なのでしょうか。

単純に、よく人と会うようになったからだと思います。元々人付き合いが得意な方ではなくて、『流浪の月』のときは、月に1回人と会うのがせいぜいでした。人と会うと、あんなことを喋るんじゃなかった、あんなことを言って嫌われたんじゃないかと、過剰に心が揺れて小説を書くどころではなくなってしまっていたんです。

当時は小説を書くことにすごく飢えていた時期で、人と会うことで3、4日書けなくなるくらいなら、人と会えなくてもいいと思っていました。

でも本屋大賞をいただいた後、インタビューなどで人と接する機会が増えました。コロナ初年度でそれほど多くはなかったのですが、取材もあまり派手でなかったことが寂しい反面、いいリハビリになりました。少しずつ、段階的に開いていけたのがよかったのでしょう。

担当さんにも、「そのとき抱えているものが全部作品に出ますよね」と言われたことがあって。すごく恥ずかしいですけれど、新刊を読んでいただくと、いま「内に閉じているんだな」とか「外に向かっているんだな」と一発でわかってしまうかもしれません(笑)。

——2024年は、今年を賑わせた凪良さんのもうひとつの代表作である「美しい彼」シリーズの続編も予定されているそうですね。今後の抱負についてお聞かせください。

私はいつも自分のために物語を書いてはいるのですが、書店さんや読者さんのことはひとつのチームだと思っています。これからも、チームのみなさんと一緒に喜び合えるような物語を届けていきたいです。




凪良ゆう
なぎら・ゆう。京都市在住。2007年に初著書が刊行され本格的にデビュー。BLジャンルでの代表作に連続TVドラマ化や映画化された「美しい彼」シリーズなど多数。2017年に『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。2019年に『流浪の月』と『わたしの美しい庭』を刊行。2020年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。同作は2022年5月に実写映画が公開された。2020年刊行の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。2022年に刊行した『汝、星のごとく』は、第168回直木賞候補、第44回吉川英治文学新人賞候補、2022王様のブランチBOOK大賞、キノベス!2023第1位、第10回高校生直木賞、そして2023年、2度目となる本屋大賞受賞作となった。『星を編む』はその続編となる。


(記事/ほんのひきだし編集部 猪越)

※本記事は「ほんのひきだし」に2023年12月7日に掲載されたものです。
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