実話怪談作家として活躍している山形在住の作家・黒木あるじさん。
山形の怪異を集めて話題となった『山形怪談』に続いて、この春に傑作ファンタジー『春のたましい 神祓いの記』が刊行されたばかりです。
怪談を書き続ける原動力、新刊に込めた思いなどを伺いました。
土俗的な世界に惹かれて映像のカメラマンに
八文字屋(以下八) 実話怪談を書かれていますが、小さい頃から怖い話や妖怪が好きだったのですか?
黒木あるじ(以下黒木) 弘前の出身で、“ねぷたまつり”が原体験なんですね。扇形の山車の正面は勇壮な武者絵ですが、背面には地獄絵図とか幽霊とか、おどろおどろしい絵が描かれている。いわゆる怪しいものに囲まれて、それが不思議でも何でもないという中で育ちました。子どもの頃は小児喘息だったので、外で友だちと遊ぶことができず、楽しみというと本を読むことだったんです。でも、偉人伝とかはおもしろくも何ともない。人間を困らせる妖怪とか人間を踏み潰す怪獣だとか、怪談とか怪人とか、「怪」の字がつくものばかり好きでしたね。
八 東北芸術工科大学への進学がきっかけで山形に来られたとか。
黒木 高校3年のとき、担任の先生から「お前のような出来損ないが大学に行けるなら、逆立ちして校内を一周してやる」と言われたんです。「それなら一泡吹かせてやろう」という極めて不純な動機で大学を目指しました。津軽の人間は、人と真反対のことをする性分があって、大学も真面目なところでは意味がない。それで、山形に芸術系の大学ができたと聞いていたので、キャンパスの見学に来たんですね。すると、本館の前に池があって、そこで学生が泳いでいました。それを見て「この大学にしよう!」と決めたんです。
八 最初は生産デザイン学科(当時)だったそうですね。
黒木 3年生のときにビデオカメラの筐体をデザインする実習があって、作るからにはビデオカメラを使ってみようと、短い映像作品を撮ったんです。これで映像制作のおもしろさに目覚めてしまって、情報デザイン学科(当時)に移りました。結局、卒業まで6年かかって、今でも親に恨まれています(笑)。
八 大学卒業後は映像の仕事に?
黒木 学生時代は、祭りとか土俗的な世界の映像を撮ることが多かったんです。それで、山形の伝統芸能や伝統工芸を映像で記録するアーカイブ事業のプロジェクトで、嘱託のカメラマンとして働きました。有名なものだけでなく集落に残っている小さな祭りまで撮影して回って、これは楽しかったですね。その後、1年間ドイツを貧乏旅行して、帰国後は東北文化研究センターで、紅花のルーツを探るプロジェクトなどで記録撮影を担当しました。
作家デビューのきっかけは自分自身の実話怪談
八 カメラマンから作家に転身されたのは、いつ頃なんですか?
黒木 映像制作会社に転職して、ディレクターとして仕事をしていた頃です。作家志望ではなかったんですが、もともと本が好きで、「小説家になろう講座」(当時)に顔を出したりしていました。そんな頃に、よく読んでいた怪談専門誌の『幽』が怪談実話コンテストをやると知ったんです。実話怪談、つまり誰かが実際に体験した怖い話であることが条件だったので、軽い気持ちで自分の体験を書いて応募しました。
八 どんな怖い体験を?
黒木 昔、住んでいたアパートで、留守だった僕の部屋だけ火事で焼けたんです。火元は、数週間前に骨董屋で買った古い能面をかけていた壁でした。能面は焼けずに残って、床に落ちていました。その能面を焼け跡から新しいアパートに持ってくると、女の人の影が立っていて、「書いたら死ぬ」と警告されて。その体験を書いた『ささやき』が特別賞をいただきました。2010年のことです。そのとき審査員だったホラー作家の平山夢明先生から「そういう不思議な話が、かなりあるのか」と尋ねられたので、撮影や取材に行ったときに集落のお年寄りに聞いていた話をいくつか話すと、「それを1冊にまとめて、半年後に本を出せ。俺が版元に掛け合ってやる。そのかわり死ぬ気で書け」と。平山先生の顔に泥を塗るわけにはいかないと、必死で書き上げました。
八 それが2010年のデビュー作『怪談実話 震』なんですね。
黒木 『震』は、不思議で怖くて不気味な実話怪談だけを40編収めた掌編集で、ありがたいことに話題になって、「もう1冊書いてみろ」と。無我夢中でそれを繰り返しているうちに、気がつけば専業作家になり、デビューから14年目です。
「怪談のおもしろさは、生者と死者、我々の世界と異界との曖昧さだと…」
八 怪談の魅力、おもしろさは、どんなところですか?
黒木 怪談集と呼ばれるものは、それこそ江戸の頃から受け継がれているジャンルなわけです。生者と死者の架け橋になる怪談は怖くもあるけれど、亡くなった人とか山にいる神様というものが自分のそばにいるかも︙という、それくらいの怖さと曖昧さが魅力ではないでしょうか。これは、僕が今も山形に居続ける理由でもあるんですが、山形は「死」が近いというか、「人魂を見た」とか「死んだおじいちゃんが立っていた」みたいな話が日常の中にいっぱいある。生者と死者とか、我々がいる世界と異界の狭間が曖昧だったりするところがあるんですね。
八 怪談や不思議な体験をした人を、どのようにして探すのですか?
黒木 最初から「怖い話はありませんか?」と聞いても、「ないです」で終わってしまいます。ところが、例えば山間に住むお年寄りに、村の歴史とかずっと話を聞いていくと、途中でポロッと「昔は山越えするとき、稲荷様にゆで卵を供えて拝んで行くと、帰りの夜道で狐火がポッポとついて迷わなかった」というような話が出てきたり、世間話の流れで「そういえば・・・」と出てきたりするんですよ。本人は不思議とも思っていないんですが、僕からすると怪しい話がいっぱいあるんです。
八 昨年は、山形の怪異52話を集めた『山形怪談』を出されました。
黒木 県ごとの怪談をまとめた“ご当地怪談シリーズ”の一つです。他の県は都市伝説とか心霊スポットの域を出ないものもあって、「これでは山形らしくない。山形は怪しいけどおもしろいというところと繋がらない。“これが山形だ”という本にしたい」と思いました。それで、山形に関連する古本を買い集め、山形県立図書館の郷土資料コーナーに通って、昔の人が書いた全く怪談と関わりのない市町村史や地域の冊子などを手当たり次第に読みました。その中から怪しい話を見つけて、山形ならではの“日常の中にある不思議な話”と、これまで集めた実話怪談をまとめて書いたんですよ。
八 「大将軍と三隣亡」(※)もありましたが、これも怪談なんですか?黒木その感覚なんです。大将軍は陰陽道の方位神の一つで、大将軍のいる方角の土を掘り返すと災難に見舞われる、三隣亡の日に家を建てると隣近所に災いを及ぼすと今も信じられていますが、山形以外の地域ではもう廃れました。山形の人は「怪談じゃない」と言いますが、これは山形だけの風習で、言葉を選ばずに言えば、おかしいんですよ。でも、山形にはそうした不思議なものをすんなりと受け入れて、ともに暮らす文化、地域性があることを紹介したいと思ったんです。
※大将軍/陰陽道の方位の吉凶を司る八将神の一つ。3 年ごとに移動し、その方角は特に土を動かすことが良くないとされた。
※三隣亡/暦に記載された、日の吉凶などを示す注釈の一つ。この日に建築事を行うと、近隣三軒まで亡ぼすとされた。
新刊は怪しい2人組と祀られなくなった神の物語
春のたましい
神祓いの記
著/黒木あるじ
光文社
2090円(税込)
荒ぶる神々を鎮め、我が村を救え!!
─東北を舞台に描き出す「人間VS怪異」の傑作ファンタジー。
黒木氏による初の文芸単行本。
八 新刊の『春のたましい 神祓いの記』は実話怪談ではなく、創作のファンタジーですね。
黒木 2020年のコロナ禍で戦々恐々としていた頃に、光文社で発行している『小説宝石』から短編の依頼があったんです。あの頃は、お祭りもコンサートも人が集まる行事やイベントは有無を言わさず中止という状況でした。その中には、昔から続いてきた疫病退散の祭りもあったわけですよ。疫病が流行ったときに、それを鎮めるために行われてきた祭りを今、止めたら駄目じゃないかと思っていました。そんなときに依頼が来たので、目に見えない疫病に振り回され、神様が祀られなくなったらどうなるのか、七不思議と絡めて書こうと考えて『春と殺し屋と七不思議』という話を書きました。
八 それが好評で連載になり、単行本になったと伺いました。
黒木 最初は連載の予定ではなかったんですが、怪しさ満点の「祭祀保安協会」の2人組が主人公で、このキャラクターがおもしろいと続きを書くことになりました。感染症の流行や地方の過疎化が進んだせいで祭りが行われなくなり、祀られなくなった八百万の神々が怒り暴れ出した。その荒ぶる神々を2人が処分して、不思議な出来事を鎮めていくという物語です。表題作を含めて、連載したものに書き下ろしを加えた10話を1冊にまとめました。
八 東北が舞台ですが、読んでいて山形のあの町やあの村で起きている出来事のように思えました。
黒木 実話ではありませんが、山形に来てからすでに30年が経って、取材やフィールドワークなどで関わってきた、土の匂いのする“山形の味”を込めたいと思いました。特に山形は県土の約7割が森林、山ですから、我々は偉大なる山、神々が住まう領域の隙間に間借りして暮らしているようなものです。だとすれば、そこに住む人間たちと神々とのドラマがあっていいだろうと。そして、その存在を人間が認識して名前を付け、祀り崇めたりするからこそ神は神でありうるのだろうなと。
八 日本人には、どこかに神様と繋がっている感覚がありますね。
黒木 ちょっと話は飛びますが、デビュー直後に東日本大震災があって、何度も被災地に足を運ぶうちに怪談話を聞く機会も多かったんです。震災1年目は「誰それさんが出た」とか固有名詞なんですが、だんだんその土地や住んでいた人を知らない人たちが他所から復興工事などで入ってくると、ただ「幽霊が出た」と名前がなくなるんですよ。忘れられるということは、そういうことなんだなと思ったので、「忘れていないよ」という主人公が登場する物語があってもいいと思って書きました。
『山形怪談』の続編と物語をたくさん書きたい
八 新刊が出たばかりですが、これからどんな作品を?
黒木 『山形怪談』の続編を書きたいと思っています。前回、書ききれなかった話、ページ数の都合で泣く泣く掲載を見送ったものがあるので。2冊あれば、山形の怪しい話を網羅できるのではないかと思います。
八 続『山形怪談』、楽しみです。
黒木 ただ、怪談は基本的に若い人のジャンルだと思っているんですよ。今年で47歳で、恐れとか恐怖というものが若い頃とはちょっと変わってきている気がしています。ですから、これからは小説、物語をたくさん書いていきたいですね。どこまで書き続けられるか、わかりませんが。
黒木あるじが選んだ中高生のための3冊
姑獲鳥の夏
著/京極夏彦
講談社文庫
1100円(税込)
京極夏彦のデビュー作。
古書店を営む傍ら、憑物落とし専門の神主も務める京極堂主人が事件を解きほぐす「百鬼夜行シリーズ」第1弾。
独白するユニバーサル横メルカトル
著/平山夢明
光文社文庫
660円(税込)
日本推理作家協会賞を受賞した表題作のほか、限りなく残酷でいて、静謐な美しさを湛える、ホラー小説史に燦然と輝く奇跡の作品集。
乗物綺談
異形コレクションLVI
監修/井上雅彦
光文社文庫
1320円(税込)
稀代の短篇巧者16名が書下ろし競演!
今、ホラー界とSF界で最も注目されるテーマ・アンソロジー最新刊!乗物をめぐる16編を収録。
(インタビュー/八文字屋商品部 文/たなかゆうこ 撮影/伊藤美香子)
※本記事は『八文字屋plus+ Vol.6 春号』に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。