普遍的な感情を丁寧に描き、大ブレイクした『葬送のフリーレン』
――『葬送のフリーレン』を読んでいて、さっき話されていたような“感情としての純度の高さ”をすごく感じていたんですよね。
出発点は「ある勇者が死んだ。その勇者は、自分がかつて共に戦ったパーティーの一人だった」というだけ。主人公のフリーレンにとって仲間がどんな存在で、仲間たちにとってフリーレンがどんな存在だったのかはよく分からない。
物語自体がずばり「旅をすることで、主人公が自分の“感情の理由”を拾い集めていく」という構成になっているんです。だから、一つひとつの感情を丁寧に描くことが、非常に重要になってくる。普遍的なことを描いているのが、かえって新鮮に感じられました。
そうですね。(原作担当の)山田鐘人先生は、そういう部分はとても丁寧に描いていらっしゃると思います。
―― この作品は、どうやって生まれたんですか?
山田先生はずっと担当しているんですが、前作の『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』が、良い漫画だったけれど売れなかったんです。
山田先生は正直に話されることを望む人なので、思い切って「画が理由の一つかもしれません」とお伝えして、山田先生も同意見でした。それで「仕切り直して、読み切りをいくつか描いてみましょう」と提案したんですが、うまくいかない期間が半年くらい続きました。
それである時、デビュー作の勇者魔王モノをもとにしたギャグ漫画の読み切りを提案したんです。ギャグ漫画を提案したのは、「笑えるかどうか」という比較的わかりやすい基準があるからです。
そして上がってきたのが、『葬送のフリーレン』の1話目、ほぼそのままの内容でした。「全然ギャグじゃない……(笑)」と思いましたね。でも、ギャグではなかったけれど、とても面白かったんです。それで、アベツカサ先生にネームをお見せして「読み切り、描ける可能性ありそうでしょうか?」と依頼してみました。
―― 「ギャグ漫画を」というオーダーが、どうやってあの1話目に発展したんでしょうね……。ともあれ、“後日譚から始まる物語”というコンセプトも非常にキャッチーだなと思いました。そこからどうやって連載につながったんでしょう。
アベ先生からいただいたキャラ絵を見て「これはいけるかもしれない」と思いました。それで、「Webでの短期集中連載」として企画を出しました。お二人が初めてタッグを組むので、練習の意味もあって。でも山田先生・アベ先生は、まだ読み切りの認識だったと思います。企画が通ったら5話くらいまで描いてもらって、その反響次第で連載に持っていけないかな……と腹黒く(笑)思っていました。
でも、この面白さがどれくらい多くの人に最初から伝わるかは、そこまで確信が持てずにいました。“冒険の終わりから始まる物語”というコンセプトも、山田先生の中にはあったかもしれませんが、連載として考えると、当時の僕にはなかったです。
作品の雰囲気は本当に魅力的なんですが、1話目にはまだ、明確に言語化しやすい面白さがないかも、と不安もありました。だからこそ「面白い」と思っていた部分もありますが。
正直に言うと、山田先生の1話ネームだけの状態で、若手編集者の時に「これは面白い! 絶対に連載までもっていける」と思っていたかというと、あまり自信がないです。山田先生が1話・2話ネーム時点では「自信はない」ともおっしゃっていたので(笑)。
面白さを見逃すことはないと思うのですが、漫画家さんを連載獲得のアプローチへ案内できるか、という意味ではわからないです。経験を積んだ今だったから、うまく連載に持っていけて良かった、とホッとしています。
―― 企画を提出する段階で、担当編集者としてすでに「これは売れる」と思っていらっしゃいましたか。
自信はありました。手応えを感じた瞬間が3つあるんです。
1つ目は先ほどお話しした、アベ先生の描いたキャラ絵を見た時。2つ目は、打ち合わせをして、山田先生から2話目のネームが届いた時です。最後の3つ目は、企画を回すために、2話目ネームをアベ先生に描き直してもらった時のこと。電話で話していてアベ先生が「描きながら泣きました」とおっしゃったんです。作画の方の感情がここまで乗っているのだから、これは“本物”だと思いました。
それで、最初に1話目を企画として回した時は「Webでの短期集中連載」と提出してOKをもらっていましたが、2話目を提出する時には、「本誌週刊連載企画 2話目」と封筒に書いて、「週刊連載OKもらっています」という振る舞いで編集長に提出しました(笑)。「面白いから大丈夫でしょう! 1話目の時から時間が経っているから、短期集中連載だったことは忘れているでしょう!」と、祈りながら。編集者としての欲望を優先しています(笑)。編集長は絶賛して戻してくれました。
―― わあ(笑)。でも、手応えがそれほどのものだったということですよね。読者の反応はどうでしたか?
2話まで一気に読んでもらったほうが面白さは伝わると思ったので、第1話・第2話同時に掲載して、アンケートの結果も良かったです。どういう作品かがきちんと伝わって良かった……と思いました。それから着実に読者を拡大してきたという印象です。
2020年末に「このマンガがすごい!」オトコ編第2位に選ばれた時と、今年3月に「マンガ大賞」大賞(第1位)をいただいた時に、一気に読者が増えて、作品自体の認知が如実に広がったのを感じました。
社内の反応も印象的でした。第1巻を出す時に、販売部の担当者が「初版8万部です」と言ったんです。アンケートが良いとはいえ、新人漫画家さんのコンビで8万部は異例です。「2万部って言われたら『アンケート良いから4万部にしてください』って交渉しよう」と思っていたのに、8万部と言われて「え、そんなに刷ってもらえるんですか?」と驚きました(笑)。
すでに連載経験のあった山田先生も、同様の反応でした。「売れなかったらどうしよう……」と、打合せしながら二人で怯えていたのをよく覚えています(笑)。でも、会社としても期待してくれているんだ、と嬉しかったです。