『古見さん』と『フリーレン』の共通点は?
――『古見さんは、コミュ症です。』も、連載前の読み切り掲載時からかなり反響のあった作品ですよね。こちらは“喋らないヒロイン”という設定が新鮮でした。
出発点は、「“コミュ症”ってどうですかね?」という打ち合せ中のオダ先生の一言です。1つ目の連載が終わった後で、雑談多めの楽しげな打ち合わせを毎週していた気がします。雑談の中で「『エイプリルフールズ』という映画を観て面白かったです」とか、「吉野家ですごい美人の人が一人で牛丼を食べていてカッコ良かったです」など話した記憶ありますが、先生の発想に役立ったかは謎です。本当に雑談多めだったので(笑)。
その後の打ち合わせで先生が「コミュ症を題材に描いてみます」とおっしゃり、最初は男性キャラクターを主人公に考えていたようですが、途中で女性キャラクターに路線変更したところ、設定やストーリーが膨らんで、あの「古見さん」が生まれていました。打ち合わせ数日後の夜に電話をいただいて「女性にしてみようと思います」ということをおっしゃっていたのを覚えています。声色で、確信がありそうだと感じました。
―― タイトルに「コミュ症」を入れるのは、大きな決断だったんじゃないかなと思っているんですが。
勇気がいりました。当時、法務意見も「やめたほうがいい」でした。でもオダ先生と相談して「このタイトルじゃないと、この話を描く意味がない」という結論になり、最大限の配慮をもって「コミュ症」という言葉を扱うことにしました。
幸い、読者の皆さんもそのあたりの思いや意図をきちんと受け取ってくださって、掲載開始時から「古見さんかわいいです」「古見さんの気持ち、すごくよくわかります」と、嬉しい反応をたくさんいただきました。個人的に印象的だったのは、海外でも反響があったことです。特に北米版はかなり好調なようです。“コミュ症”は国や地域を問わず、多くの人に共通する「人間の感情の一部」なんだなということが、この作品が広がっていくことで分かってきました。
コミュ症――とは。
人付き合いを苦手とする症状。またはその症状を持つ人をさす。
留意すべきは――苦手とするだけで、係わりを持ちたくないとは思っていない事だ。(『古見さんは、コミュ症です。』より)
――『古見さんは、コミュ症です。』と『葬送のフリーレン』に共通点があるとしたら、何だと思いますか?
ええっ、考えたこともなかったです。何でしょうね……。
―― 乱暴な質問ですみません。
いえいえ。……やっぱり僕はどうしても“感情の核の部分”の話になってしまうんですが、「人に対する興味」かなと思います。
主人公の古見さんは、コミュ症だけど、本当はみんなと話したい。「友達を100人作りたい」という秘めた目標を持っています。そして、隣の席の只野くん。彼も、平穏な高校生活を優先して、古見さんのことをスルーしようと思えばできたはずです。でも、古見さんに興味を持った。そして古見さんは、自分に興味を持ってくれた只野くんに特別な思いを抱いていきます。
フリーレンは、勇者・ヒンメルが亡くなった後に、彼に興味を持ち始めました。一方のヒンメルは、50年以上も前からずっとフリーレンに興味がありました。そのことをフリーレンは、旅をして、行く先々で彼を知る人たちに出会うことで知っていきます。
たとえばですが、母親が幼い子どものために料理を作る時、子どもの口のサイズで食べられるように食材を細かく切りますよね。きっと母親は料理をしている間、子どものことを考えていると思います。それってすごく尊い作業だと思っていて。当たり前のことかもしれないんですが、誰かを思って行動していること、自分のことを誰かが考えてくれていることって、綺麗ごとかもしれませんが(笑)、本当に幸せなことだと思います。『古見さん』も『フリーレン』も、そういうものを非常に丁寧に描いている。
物語は、衣食住と違って、生きる上で必要不可欠なものではないです。命を維持するために必要なものではないから、なくても生きていけるんですけれど、僕たちは物語を求めます。だから、心を動かす「物語」には、そういう尊さのようなものがあっても良いかと思っています。もちろんすべてに例外はありますが。
入社1年目の頃、先輩編集者に「どんな漫画を担当したいの?」と聞かれました。その時に「“優しい嘘”がある物語」と答えているんですけれど、それもきっと、その“嘘”が誰かを思ってついているものだからなのかな、と。尊いと思っている感情の一つです。
「この人売れるよ」ってすぐ言えちゃう
―― 実はこのインタビューの前に、原さんに「小倉さんってどんな編集者ですか?」という質問をしたんです。小倉さんから見て、原さんはどんな編集者ですか?
「自分にとって“面白い”とは何か」を、最初から持っていた編集者だなと思います。本人は試行錯誤しているのかもしれませんが、その物語、キャラ、絵、ストーリー、演出などが面白いかどうか、僕からは判断に迷いがないように見えます。
それって、僕にとってはすごく憧れなんです。もし同期入社だったら、絶対に原は僕より早くスタートダッシュを切って仕事で結果を出していて、僕はその横で「面白いって何だろう?」と、答えをなかなか掴めないまま悪戦苦闘しているだろうと思います。原が後輩で良かったです(笑)。
原の話している言葉に淀みがなくて、漫画家さんからしたら「この人が面白いって言ってくれているんだから、きっと大丈夫」と自信をくれる。彼が担当している漫画家さんたちは、すごくやりやすいんじゃないでしょうか。才能がある漫画編集者です。原に伝えると否定されますが(笑)。
―― 原さんご自身は「僕は俗っぽいものが好きで、小倉さんは本物志向なんです」とおっしゃっていました。小倉さんにはそれが、軽やかさとして映っているのかもしれないですね。
そうかもしれないです。たとえば芸能事務所で働いていたとして、タレントさんを発掘したとしても、僕は「このタレントさんってどういう人なんだろう。どういう武器を持っていて、どういうふうに売り出すべきか……」って“核”を探して考えていると思います。原は「あなたはこういう部分が素晴らしいと思う。だからこの武器をこう使えばこれからもっと売れると思う!」ってすぐ言えちゃうタイプです。わかっている部分が明確なんだと思います。
―― 漫画も、内容を知らなくても表紙を見て「あ、これは好きだと思う」ってピンとくることがありますね。それが最初の入り口だったりする。
そうですね。編集者としてどちらか片方だけが正解だとは思いませんが、それらは僕にはない、原の武器だと思います。
―― 次のサンデーを読むのがますます楽しみになりました。お忙しいなかありがとうございました!
少年サンデー編集部 小倉さんの担当作品
▼『古見さんは、コミュ症です。』
『古見さん』は、とにかく古見さんの可愛さが魅力的な物語です。コミュ症という部分に感情移入できる部分があり、ポジティブな気持ちで笑って読めて、友達が増えていく嬉しさ、楽しさを味わえる作品だと思います。アニメ化も決定しています。只野くんという主要キャラクターとの関係性が軸にあり、最近のサンデー本誌では物語が動いています。漫画の担当としては、2月に後任に引き継いでいるのですが、これからますます面白さの幅が広がっていく作品だと思います。(小倉さん)
▼『葬送のフリーレン』
エピソードとして特に注目してほしいのは、第1話・第2話を除くと……第5話です。それまでとは少し毛色の違う物語なので、連載時、読者の皆さんにどう読んでいただけるかドキドキしていたのを覚えています。1話完結型のお話が多いですが、ストーリーものなので、終わりを迎えるまでどんな作品になるかは分かりません。物語を温かく見守っていただけると嬉しいです。これからの展開でひとつ言えることは……、すみません(笑)、やはり言いづらいです。楽しみにしていただけると嬉しいです。(小倉さん)