対局料はギムレット一杯!?
将棋界を舞台に新感覚の将棋×青春×ラブストーリー始まる!

『四月は君の嘘』や『さよなら私のクラマー』で知られる新川直司先生の新作は〝将棋界〞。15歳の主人公を中心に、才能溢れる棋士たちの青春が描かれています。その漫画がどうやって生まれ、連載が作られているのか。製作に携わる編集者に聞きました。


『盤上のオリオン』新川直司


講談社
将棋の神童とも言われた棋士・二宮夕飛(15)は、かつての輝きを失い連敗続き。しかし、とあるバーで天才的な将棋を指すバーテンダー・茅森月と出会うことで世界が変わっていく。コミック2巻まで発売中(7月現在)。


人を変えるのは人でしかないと思っている


 藤井聡太竜王・名人を筆頭に近年の将棋界は、若手棋士の躍進が続いています。将棋界を舞台にした新川直司先生の新作『盤上のオリオン』(講談社)に登場する棋士も10代がメインです。「本物の天才」だけが残っていく将棋界での厳しさと共に、若さゆえの葛藤や悩み、刹那的なエピソードが散りばめられています。数々の青春漫画を手掛けてきた新川先生が、新しく描く漫画のテーマとして将棋を選んだ理由とは。『盤上のオリオン』の担当編集者のひとり、佐藤郁さんにお話を伺いました。
 「実は、最初に将棋をテーマにしようと話題に上がったときに、新川先生はそこまでピンときていませんでした。ですが、私が大学時代にバーでチェスをした経験があり、その話をしたところ、一気にエピソードが具体化し始めたんです」
 主人公の二宮夕飛は、17連敗中の奨励会員(日本将棋連盟のプロ棋士養成機関の会員)。プロへの道を歩むはずが、絶望の淵に立っています。そんなときに出会ったのが横暴でワガママで破天荒な女子高生・茅森月。あまりにも違う2人の対比が物語のおもしろさでもあります。
 「新川先生が描く物語では、元気な女の子がとても魅力的なので、対比で主人公の男の子は落ち着いたキャラになることが多く、この少年と少女がどう関わっていくのかがひとつの軸でもあります。先生は以前、『人を変えられるのは、人でしかないと思いながら作っている』と話していました。その人の人生に影響を与えられるのは、出来事や環境よりも、人ではないかと。挫折したときもそこから這い上がるときも関わる人が大きく影響します。傷を持った少年が眩しいほどパワフルなヒロインと出会うことで、前に進むきっかけとなればいい。先生は、それを信じて物語を描いています」
 その2人が運命的に出会う場所は、バー。高校生の青春を描く漫画としては、異質のように感じますが、「バーテンダー×棋士」というアイデアが浮かんだことで、この漫画のスパイスとなる魅力が生まれたそうです。
 「最初は、棋士でバーテンダーをしている男の子の元に女の子のお客さんが現れて、ボロ負けするという流れでした。でも『バーで将棋を指している女の子』のキャラクター像のほうが新鮮で、物語のインパクトにもなるのではないかという話になりました。それで、男女を逆転させて女子高生のバーテンダーを誕生させたんです。月のキャラクターが決まってからは、先生の頭の中で物語がどんどん進み始め、『女の子が強いなら、男の子はボロ負けさせよう。いっそのこと17連敗にしよう。そこまで負けてしまう理由は、信頼している人が亡くなったことにしよう』と、物語を深堀りしていきました。月のキャラクター像が生まれたことは、ストーリーを作るうえで、大きなポイントになったと思います」



魅力❶主人公は17連敗の奨励会員


二宮夕飛は、かつては「神童」と呼ばれ、奨励会員に。挫折も敗北も知りませんでしたが、恩師でもある祖父の死を乗り越えられず、連敗が続いています。この負の連鎖を止められるのかが、物語の大きなキーポイントです。


魅力❷主人公を変えるのはバーテンダーの女性


奨励会の先輩から夕飛が連れてこられたバーには、天才的な将棋を指すバーテンダーの茅森月が。夕飛は、対局料である「ギムレット一杯」で挑むも……。バーでの運命的な出会いこそが、夕飛の未来に繋がっていきます。


魅力❸破天荒な先輩とラブコメ展開!?


連敗中の夕飛は、悔しい気持ちを引きずったまま高校の入学式に向かいます。そこで夕飛と月は、まさかの再会!巻き込まれたくないと思いつつも、夕飛は月のペースにどんどん飲み込まれます。自分とは真逆の月と関わることで、将棋にも影響が!?


魅力❹ライバルである天才棋士との関わり


1巻冒頭で夕飛が敗北する相手は“名人になる棋士”と言われる久慈彼方。夕飛と彼方に、何かしらの過去がありそうですが、まだ明かされていません。今は格下の夕飛が天才を上回る日がくるのか。ライバル同士の成長物語も見逃せません!


魅力❺かつて「神童」と呼ばれた4人とは


夕飛と彼方、それ以外にも同世代の棋士が登場しそうな伏線が張られています。幼き時代に出会い、何百回も対局をして、将棋の楽しさを分かち合ってきた仲間たち。今後、彼らたちとの対局や過去の話も読み応えがありそうです。


読者には少年少女の青春を楽しんでもらいたい


 主軸はプロ棋士を目指す話にはなっていますが、あくまでも青春物語。夕飛と月を始めとする10代の棋士たちが学生生活を送りながら、さまざまな出来事の中で揺れ動く姿が丁寧に描かれており、その世界自体を楽しむこともできます。
 「将棋のおもしろさはもちろん、少年少女の青春を読者に楽しんでもらうことを強く意識しています。学校では、先輩後輩にあたる夕飛と月が帰り道を一緒に歩いたり、黒板に2人にしかわからないメッセージを書き合ったり、迷っている時に背中を押してあげたり。将棋界という厳しい環境にいる夕飛たちだからこそ、小さいながらも人との繋がりの素晴らしさを色濃く出せていると思います。読んだ方が彼らの青春に憧れを抱けるような空気感を大事にしていきたいと考えています」
 将棋では、一手が勝敗の運命を変えることがあります。今後、夕飛と月は、どんな一手を進めていくのでしょうか。
 「夕飛と月は一緒にプロ棋士を目指していくことになります。とくに月は『将棋史上初の女性棋士への挑戦』という大きな“壁”に当たっていきます。そんなとき、夕飛との関係が大きく変化していく予定です……。物語は動き出したばかり。3巻以降も、続きを楽しみにしてください!」


新川直司
2007年月刊少年マガジン(講談社)にて辻村深月原作の『冷たい校舎の時は止まる』のコミカライズでデビュー。『四月は君の嘘』はマンガ大賞にノミネート、講談社漫画賞を受賞するほか、テレビアニメ化、実写化もされた。


取材協力/週刊少年マガジン編集部 構成・文/中山夏美 撮影協力/天童将棋交流室 撮影/長岡信之介