1974年に刊行され累計販売部数が240万部を超えるロングセラーの絵本『おしいれのぼうけん』。保育園のおしいれを舞台にくり広げられる大冒険です。「怖い。だけど、好き!」。子ども心を捉え続ける絵本の魅力に迫ります。



童心社 代表取締役社長 後藤修平さん 1971年東京生まれ。1995年に童心社入社後、書店の販売企画、新刊企画を担当。2021年より代表取締役社長に就任。原爆写真展を見た衝撃から、学生時代は戦場カメラマンを目指していた。趣味はドラムで、打楽器を使った宅録を楽しむ。


絵本は今の時代を生きる子どもたちの力になる


自分の判断で掴んだ成功体験から幸福感は生まれる


 保育園のおしいれの中で大冒険をする子どもを描いた『おしいれのぼうけん』。長く読み継がれている理由のひとつを後藤さんは「オーソドックス」と言います。
「この絵本は、仲違いしてしまった子ども2人が『ねずみばあさん』という悪の存在と出会い、最終的には協力してやっつけるシンプルなお話。このオーソドックスで痛快な内容が愛されている理由のひとつだと思っています。当時、編集を担当した編集者に話を聞いたことがあるのですが、物語の構造が神話になっているのだそうです。お話を書かれた古田足日先生が甲賀三郎『根の国の物語』という神話を研究なさっていて、その影響を受けられて物語を書かれました。神話は、情動の要素があるので、日本人の根本にある文化的な要素も魅力なのではないかと思います」
 帯には「まっくらやみにまけない子どもの心のために」と書かれています。50年経った現在も、発売当時に込められたメッセージを届ける気持ちに変わりはないそう。
「出版された当時と今では、教育への考え方や子どもたちの置かれている状況は変わっているかもしれません。それでも『君たちは、本当に力があるんだよ。だから存分にやっていいんだ』という肝となるメッセージは変わらないのではないでしょうか。人間はどんなときに幸福感を得られるのかというと、自分が判断して行動したことがうまくいったときではないかと思っています。物語の中で、2人は最終的に悪であるねずみばあさんをやっつけて自分の意思でおしいれから出てきます。その成功体験は、幸福感に繋がるはずですよね」
 ねずみばあさんとの戦いのほかに、悪さをした2人をおしいれに入れてしまう先生の「理不尽さ」も物語のキーになっています。
「2人は、おもちゃの取り合いをしてケンカしたことで、先生からおしいれに入れられます。それに怒った2人は、おしいれから中々出てきません。だって、ちょっと悪さをしたぐらいで『おしいれに入ってろ』なんてすごく理不尽ですよね(笑)。しかも、抵抗しても入れられてしまいます。これって理不尽に対する反抗の話なのではないかとも思っていて。世の中には理不尽なことがめちゃくちゃあるじゃないですか。そこに対して泣き寝入りをしないで、抵抗する。その重要さを伝えているのではないかとも思っています。とくに’70年代なんて、今よりずっと〝先生〞が強い時代。私が子どもの頃は、学校で先生が絶対的な存在でした。だから園児が先生に立ち向かうことなんかあり得ないんだけど、この物語では反抗心が表に出ているんですよね。そこも痛快に感じるひとつかもしれません」
 その先生は、最後には「自分が悪かったのかもしれない」と反省するシーンがあります。これはさらに革新的なシーンであると、後藤さんは言います。
「おしいれに入れた園児がすぐに謝って『出してほしい』と言うかと思いきや、反抗して出て来ない。そうすると、先生は自分のことを反省するわけなんですよ。最終的には『おしいれにいれることをやめる』と言って謝罪までしています。謝罪して、保育方針を変えるなんてことは‘70年代では、考えられないです。これはだいぶ革新的なことと言えます。それに’70年代の初めは、結婚したら家庭に入る女性が多かったので、幼稚園に通う子どもが多い時代。けれど、そこをあえて保育園を舞台にしています。今は働く女性がいることが当たり前ですが、あの時代にそれを描いている古田先生は預言者のようだと思います。教育方針を含め、時代を見据えていた方なのかもしれないですね」



『おしいれのぼうけん』とは?


1970年代の保育園が舞台。ケンカをした2人の園児は先生から叱られておしいれに入れられてしまう。そこで2人が出会ったのは、恐ろしい「ねずみばあさん」。ほぼ鉛筆描きの80ページ。大ボリュームの大冒険は子どもの心を夢中にさせる。




「松谷みよ子 あかちゃんの本」シリーズ
『いないいないばあ』
ぶん:松谷みよ子 え:瀬川康男
童心社 770円(税込)

「くれよんのくろくん」シリーズ
『くれよんのくろくん』
さく・え:なかやみわ
童心社 1,320円(税込)

「14 ひきのシリーズ」
『14ひきのあさごはん』
さく:いわむらかずお
童心社 1,430円(税込)


「人生は生きるに値する」ということが伝わる絵本を作っていきたい


ロングセラーの絵本は「子どもが好き」が共通点


 日本でいちばん発行部数の多い絵本『いないいないばあ』も童心社の出版物。野ねずみの大家族を描いた「14ひきのシリーズ」やクレヨンを主人公に絵を描く楽しさを表現した「くれよんのくろくん」シリーズなど、どれも一度は子どもの頃に触れた絵本ばかりです。それらロングセラーと呼ばれる作品には、どれも共通点があります。
「子ども自身が喜んでいることが大前提。大人も好きとか、大人が好きじゃなくて、子どもが好きな絵本なんですよね。『いないいないばあ』に関していえば、対象は赤ちゃんじゃないですか。だから何がおもしろいのかを聞いても答えてくれません。だけど、絵本を読んであげると、おもしろいって思っているのはビンビン伝わってくる。喜んでいるなぁってことがわかります。その表情を引き出せるのは、弊社のロングセラー絵本どれも共通していることですね」
 時代が経っても変わらない、アートとしての絵の斬新さや前例のない表現も他にはない魅力です。
「赤ちゃんって、顔みたいなものが大好きなんですよ。顔を覗くと、こちらをジーッと凝視するでしょう。お母さんやお父さんが元気なのか、悲しいのか、表情から必死に情報を得て、勉強しているんです。そのうえで『いないいないばあ』に登場する、くまちゃん、ねこちゃんの『ばあ』は、しっかりと目を合わせてくれます。それに『にゃあにゃがほらほら』とか読むだけで赤ちゃんに語りかけることもできる。子育てしているお母さんから聞いたんですけれど、核家族化が進み、パートナーが仕事の間は1人で子育てをする時間が増えて、孤独を感じている方が多いんだそうですね。その中で赤ちゃんは言葉が通じないし、泣いている時間も多く、追い詰められてしまうこともあります。でもこの絵本を読むと、語りかけることができて、赤ちゃんもごきげんになる。反応が返ってきたら、こちらも嬉しいし安心もします。絵で表現する斬新さや芸術性にプラスして、オーソドックスな内容である絵本が求められているんだと思います」
『おしいれのぼうけん』を作る際にも保育園に取材に行き、子どもたちの生の声を参考にされたそう。物語に出てくる汗あせ疹ものエピソードは取材した中で聞いたものです。現場を大切にするという手法は今も続いています。
「弊社は紙芝居も出版しているのですが、完成前のものを必ず保育園などで実際に演じてから、出版しています。子どもたちの反応を見て、脚本の言葉を調整しているのです。編集者たちは、常に保育環境や今の子どもたちのリサーチを行なっています。絵本がなくなることはないとは思っていますが、動画やタブレットなど本以外の娯楽が増えて、絵本に割く時間は減っていますよね。でも相手の反応がない動画と違って、絵本は読んでもらう、読んであげるという親子の関係性の時間が持てるもの。その大切な時間は、もっともっと大事にされるべきだと思っています」今の時代を生きる子どもたちの力になるような絵本を出していきたいというのが後藤さんの願いです。
「堅苦しく言えば、子どもの育ちに資するものが作りたいですよね。世界を見渡せば戦争が起きて、身近では貧困、天変地異、災害も多くなっています。今の世の中は理不尽と矛盾と困難に満ちあふれていると思うのですが『ようこそ、生まれていらっしゃいました!』と子どもたちを迎えてあげられる状況を作っていきたいですね。『人生は生きるに値しますよ』と伝えてあげることができる絵本と紙芝居で童心社のカタログを埋めていけたらと思います」


絵本以外にも『おしいれのぼうけん』キャラクターグッズ発売中

50 周年を記念して、家族で楽しめるグッズも発売されました。
物語の世界観をそのまま引き継いだグッズたちを子どもから大人まで幅広い世代で絵本とともに楽しんでみてはいかがでしょうか。



絵本の世界を体感できる!
「おしいれのぼうけん立体すごろく」
童心社 2,640円(税込)
ビルや高速道路が飛び出してくるすごろくです。縦になっている壁にもくっつくコマなので、さらに臨場感たっぷり。ビルの上には「ねずみばあさん」も登場しています。


おなじみの名場面が絵柄に
「おしいれのぼうけんトランプセット」
童心社 2,530円(税込) 
主人公の2人やねずみばあさん、象徴的なシーンなどの絵柄がプリントされたトランプ。カードはすべて違うデザインが描かれています。

50周年を記念した特別な帯


50周年記念帯つきで発売中
『おしいれのぼうけん』
さく:ふるたたるひ・たばたせいいち
童心社 1,540円(税込)

(構成・文/中山夏美)


※本記事は『八文字屋plus+ Vol.8 冬号』に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。