戦国末から江戸初期の石見銀山を舞台に、愛する男を重ねて失いながらも、敢然と生きる女性の生涯を描いた千早茜さんの『しろがねの葉』。「銀山の女は三たび夫を持つ」という言葉をきっかけに、この時代、この場所でしか生まれ得ないドラマを色濃い生と官能とともに写し出した作品です。

1月には、骨太な構造と濃密な文章表現が高く評価され、第168回直木賞を受賞しました。

本作で初めて歴史長編に挑戦した千早さんが、書くことで見つけたかった「答え」とは? 実際に石見銀山を取材された時の写真とともに、千早さんのインタビューをお届けします。
(取材・文:ほんのひきだし編集部 猪越 写真提供:新潮社)




しろがねの葉
著者:千早茜
発売日:2022年9月
発行所:新潮社
価格:1,870円(税込)
JANコード:9784103341949

戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山。天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と未知の鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。しかし徳川の支配強化により喜兵衛は生気を失い、ウメは欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて……。生きることの官能を描き切った新境地にして渾身の大河長篇。

〈新潮社 公式サイト『しろがねの葉』より〉

“3人の夫”を看取る銀山の女の人生とは

――本作は、千早さんが長年温められてきた題材を元に書かれたそうですね。

千早 私は篆刻をやっているのですが、デビュー間もない頃、その教室のみんなで山陰方面に旅行したことがありました。ちょうど当時、石見銀山が世界遺産に登録されたばかりで、今もそうなのですが熱心なボランティアガイドの方がたくさんいらして、特別にお願いしなくても歩いているとすぐに説明してくださるんです。

その時に、ガイドさんの一人が「石見の女性は夫を3人持ったと言われている」という話をしてくださいました。史実としてそういう資料が残っているわけではなくて、鉱山病によって男性が短命だったことのたとえなのだと思いますが、そのように何度も愛する男を看取る人生はどのようなものだったのだろうと考えていて。とはいえ当時は書ける気がしなくて、50歳くらいになったときに作品にできたらいいなとぼんやり思っていました。

――それが、10年近く早まって執筆されたのですね。

千早 デビュー作の『魚神(いおがみ)』は長編ですが、そのあとは連作や短編集が多くて、長編の2作目である『男ともだち』を書いたのがデビューして5年ほど経ってからでした。『しろがねの葉』は時代物ということもあり、人間の一生を描くようなものはもう少し筆力が上がってから書きたいと編集さんに話したら、「今、書けばいいじゃない」とあっという間に石見への取材と「小説新潮」での連載が決まってしまい、書かざるを得なくなりました。

――主人公のウメは夜逃げの途中で家族とはぐれ、迷い込んだ山で天才山師である喜兵衛と出会います。夜目が利き鬼娘とも呼ばれるウメは、その向こうっ気の強さで少年たちに交じって坑道の下働きをするようになりますが、彼女の野性味あふれるキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか。

千早 小説の書き方の話になってしまいますが、本作は三人称一視点で書きたいという思いがありました。ですが、女性を主人公にすると、間歩(まぶ・銀を採掘した坑道)の中の様子が書けなくなってしまう。石見銀山の話なのにそれはちょっと困るので、どんな女性だったら間歩に入るだろうかと考えて、ウメの設定ができていきました。

――女性が間歩の中に入ることは禁忌だったそうですね。

千早 当時の資料を見ていても女性の名前というのはほぼ残っていなくて、でてきたとしても「誰々の娘」などと書かれています。名前のない存在を描きたいという思いがあったので、なおさら女性を主人公にして書こうという気持ちが大きかったです。



▲石見銀山遺跡の中で唯一、常時公開されている坑道・龍源寺間歩を見学中の様子


▲紺屋間歩の入口を撮影中